あの日にまだ縋ってる30
「母さん……」
母さんの顔は、蒼白だった。ずっと走ってきてくれたみたい。肌には汗が、いっぱい浮いてた。飛ぶように、ベッドまで駆けてきて、俺を抱きしめる。
「どうしたの、いったい何があったの!」
母さんの声は、ひどく揺れてた。いつも気丈な母さんのそれに、胸が痛くなる。母さんは俺の顔を包んで、じっと見て、ばらばらになった髪を確かめた。
「こんなにされて……! なんで、いったいどういうことなのよ……!」
ぎゅっと、俺を抱きしめた。ふるえるような嗚咽を漏らす。スーツから香水が、汗にまじってほんの少しだけ香る。胸がぎゅっとなった。俺は、母さんの背に、手をやった。すうと息を吸う。
「大丈夫だよ。母さん」
俺は母さんの背中をなでた。母さんは、顔を上げた。きれいな唇に、するどい犬歯がぎゅっと食い込んでる。俺は励ますように笑う。
「ちょっと揉めたんだ。でも、先輩が助けてくれて」
そこで、母さんは振り返った。先輩は気遣って後ろに引いてくれていた。母さんと目が合うと、さっと礼をした。
「初めまして。
「あなたは……」
「樟君とは、学校の先輩後輩で、仲良くさせていただいています」
母さんは、先輩を見つめた。ちょっと呆気にとられた顔で、俺と先輩を見比べた。それから、はっとしたように立ち上がると、先輩に頭を下げた。
「初めまして。理央の母の
言いながら、母さんの言葉に、また涙が混じった。先輩は「いえ」と首を振った。母さんは顔を上げた。
「本当に……なんとお礼をしていいか。この子は、私の生き甲斐なんです」
「母さん」
母さんはそっと俺を抱き寄せた。
「宝物なの。どこにも出したくないほど」
母さん。しみいるみたいな声に、俺は、涙がこみ上げた。ずっと鼻をすすって俯く。母さんは泣きながら、俺にほおずりした。
「本当に、ありがとうございます」
母さんは、そう言って、頭を下げてくれた。俺のために。そう思ったら、気持ちがこみ上げてきた。
「ありがとうございます」
俺もまた、もう一度お礼をした。