あの日にまだ縋ってる25
「は?」
お腹に力を込める。佐保ちゃんの目を見返し、気持ちを伝えた。
「け、剣道は。俺自身やりたいことで……」
「ふざけないでください」
佐保ちゃんは、ぴしゃりと返した。ふ、と鼻を鳴らす。
「あなたみたいな人に、やりたいことなんてあるわけないでしょ」
冷たい声音には、軽蔑が滲んでて、声は高く転がるみたいに響く。
「どうせ兄に取り入りたくて始めたくせに。いっぱしの口聞かないでください」
「――違います!」
俺は、思わず叫んでた。
「はあ?」
佐保ちゃんもまた、高く返した。けど、怒りの顔が、ふ、と笑みに変わる。
「それなら。違う教室に行ってくれますよね?」
綺麗な笑みを浮かべて、細いあごを上げた。
「剣道がしたいんですよね。ならどこでもいいじゃないですか」
佐保ちゃんの言葉に、ぐっと詰まる。けど、首を横に振った。
「や、やめたくありません」
ぎゅっと胸に手を当てて、気持ちを押し出した。
「ここは、俺の居場所なんです」
『理央くん!』
皆の笑顔が、ぱっと浮かぶ。怯んだ心をあったかくしてくれた。
『大丈夫だよ』
『一緒に頑張ろー!』
練習についてけない俺を、励ましてくれた。最後まで出来た日は、『おめでとう』って。
嬉しかった。
確かに、まだまだ全然かもしれない。けど……俺も皆に、同じあったかさを返したいって、思うんだ。だから。
「迷惑をかけないよう、頑張ります。だから、許してください」
俺は深く頭を下げた。
決してふざけてるわけじゃない。俺も、本気なんだ。佐保ちゃんに伝わるよう、震える体に力を込めた。
「……許すわけないでしょ」
あなたみたいなゴミが。
這うみたいな声で、佐保ちゃんは言った。顔を上げると、佐保ちゃんは俺を睨んでた。余りの凄みに、身がすくむ。佐保ちゃんは、はっと笑う。
「居場所……? どんだけ厚かましいんですか? 皆、あなたが面倒だから、はれもの扱いで優しくしてるんですよ」
俺は目を見開く。
「あなただってそれが居心地いいから居たいだけでしょ、浅ましい人」
「ちが、」
「じゃああなた、皆に何か出来ます? 返せます?」
佐保ちゃんの言葉は強かった。追うみたいに鋭い。言葉に詰まった俺に、笑って続ける。
「出来ないでしょ。そんなの人間じゃありません。……寄生虫って言うんですよ」
伝う汗が冷たい。蝉がすごく鳴いてるのに、熱気は揺らめいてるのに、ひどく寒い。
「皆、内心ではあなたが嫌いなんです。迷惑なんです!」
違う。
けど、佐保ちゃんの声が、俺に向かってくる。頭の中に直接響くみたいだった。思わず耳をふさごうとして、
「消えればいいって思ってますよ。兄も――
鼓動が大きくなって、手が耳から落ちた。
呆然とする。ざあって、耳の奥で音がした。頭の中が、痛いほどに冷えて、真っ白に揺れた。膝が抜けそうになって、よろめく。
違う。そう思うのに。何度も思おうとするのに。
佐保ちゃんはあごを上げ、腕を組み直す。
「少しでも人間扱いされたいなら、もう少し人間らしくなってくださいね」
もう、頭の中にまっすぐに通ってきた。体の中を巡って、がたがた、膝から震えが来る。
「先生には僕から辞めるって言ってあげますね」
――やめて!
叫ぼうとして、喉で呼吸が逆巻いた。
「っ! げほっ……」
喉を抑える。息がうまくできなくて、地面に膝をついた。金切声みたいな呼吸が、あたりに響く。呼吸が荒れ、背を丸める。佐保ちゃんは、
「呆れた」
とひと言つぶやいた。冷たい声が背を貫いた。
「通用しませんから」
佐保ちゃんは俺の脇を通り過ぎ、道場へ入っていった。
「先生! お久しぶりですっ」
俺は、どうすることもできないまま、その場に蹲って、ただ背を震わせてた。
嘘だ。そんなはずない。――だから、落ち着け。
そう言い聞かせるのに、呼吸は収まらなかった。
どうして。
情けなくて、みっともなくて、消え入りそうだった。
何で……。
変われたと思ってたのに。
全然変われてない、小さくなって、身を抱いた。