あの日にまだ縋ってる24


 よく通る声が、すっと背中に触れる。思わず振り返ると、先輩がやってきてた。

「やっぱりそうだ」
「先輩……」

 気づいてくれてたんだ。ぽかんとしてると、先輩はすっと筒状のタオルを取り出した。

「はい」

 受け取ると、ひんやり冷たい。保冷剤をタオルで包んであるみたい。驚いて見上げると、やさしく笑う。

「暑かったろう? 冷やすといい」

 そう言って、自分の首を手の甲で示すみたいに触れた。俺は、手の中のそれを見つめる。ひんやり、やさしい冷たさが、ほてった肌にしみてくる。

「そ、そんな。これ、先輩のじゃ……」
「それは君に使ってほしいんだ」

 慌てる俺に、先輩は首を振る。

「いつも暑い中待っていてくれて、ありがとう」

 あんまり真っ直ぐな言葉に、何も言えなかった。

「おいで、ご飯にしよう」

 そう言って、先輩は俺を促してくれた。俺はただ、じわじわとありがたくて。

「ありがとうございます」

 と頷いた。先輩は頷いて、そっと俺の背に手をやる。

「遠慮せず、武道場の前で待っていてくれ」

 あそこなら涼しいから。あまりにからりとした先輩の言葉に、俺はおろおろする。

「で、でも。お邪魔じゃ……」

 先輩は首を傾げた。

「君はここの生徒で、武道場は皆の場所だよ」

 先輩の言葉は涼やかだった。思わずたしかに、とうなずきそうなくらい。

「それに」と先輩は言葉を継ぐ。

「俺は君が邪魔なんて思ったことはないぞ」

 それより、心配なんだ。
 また、言葉を失ってしまう。顔が陽気以外で火照ってた。

「はい」

 先輩はホッとしたみたいに笑った。お借りした保冷剤で額を冷やしながら、落ち着かなかった。
 先輩って、本当に真っ直ぐな人だ。真っ直ぐ返すしか、出来ないくらい。
 ……ならせめて、時間ぴったりに行けるようにしようかな。やっぱり先輩の優しさに甘えて、迷惑はかけたくない。待つのは、ちゃんとしてから。
 ひとり、心に決めた。
 先輩と歩いてると、ふいに、ぴりっと項に何か刺さった気がした。
 俺は項をおさえて、振り返る。けど、何もない。明るい武道場の気配があるばかりだ。
 なんだろう。気のせいだったのかな。

「樟くん?」
「あっ、何でもないです!」

 俺はまた、前を向き、先輩に笑ったのだった。

 《完》

 
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