あの日にまだ縋ってる23
お昼の時間になって、俺は武道場に向かっていた。日差しがからりと眩しい。照りつけに手をかざしながらついたそこは、熱気が聞こえてくるみたいだった。
「ありがとうございました!」
ざっと強く揃った声が、かたまりになって外まで届く。ちょうど、休憩に入ったみたいだった。一転、ざわりと、人のいる感じの、にぎやかな気配になる。俺は、脇に避けて、出てくる人たちを待った。人がはけてから、そっと中をのぞいた。
すぐに、探していた人を見つけて、思わず身を乗り出した。広い背が、皆を見送って、汗を拭ってる。
「先輩!」
先輩がこっちを見て、ぱっと目を見開く。
「
「お疲れさまです!」
ぴしっとお辞儀をする。先輩は、大きな足取りで、こっちに来てくれた。
「来てくれたのか?」
「はい!」
夏休みもお昼を一緒に食べようって、先輩は言ってくれた。
でも、先輩は部活で忙しいのに、教室まで来てもらうのって変だなって思ったんだ。だったら俺が行こうって。お茶のたっぷり入った水筒を、抱える。ひやりと体に感触が染みた。
「
後ろから声がかかる。俺は、あ、とそちらを見る。
「すまない」
先輩は、向こうに「すぐ行く」とはっきりとした声で応えて、俺に笑った。
「すぐ上がるから、待っていてくれ」
「はい!」
頭を下げて、俺は先輩を見送った。先輩は、さっそうとした様子で向かうと、部員の皆に応えてる。俺はその背をまばゆく見る。そっとまた、脇に避けた。
お邪魔にならないようにしなきゃな。
先輩を待ってると、ふと、休憩をとりに外に出た人たちが、俺をじっと見てるのに気づいた。
「あっ、すみません」
頭を下げて、もっと脇によける。けど、それからもなんとなく、じっと見られてる気がする。なんでだろう。俺はおろおろ、視線をさまよわせた。
すでに邪魔だったかな。俺、部外者だし。もしかして、来ないほうがよかったのかな……。
ぐるぐるしだしたときに、先輩が武道場から、さっと出てきた。
「樟くん、お待たせ」
「お疲れさまです」
俺は、もう一度頭を下げる。先輩はにこっと笑った。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
俺は先輩に応える。それから、二人で落ち着いてごはんを食べられるとこを探した。
「いい天気だなぁ」
「はい」
「どうした?」
先輩が、俺を見下ろす。夏の風を受けて、さあっと髪が揺れてた。気づかれてた。
「あの」
そのことに、ひとりでに言葉がこぼれだしてしまう。
「俺、クラスで待ってたほうがいいでしょうか」
「ん?」
「あっ、先輩に来てくれって意味じゃなくて」
慌てて否定する。うまく形にならない言葉の代わりに、手がもどかしく動いてた。えっと、と言葉を探す。
「先輩の場所に、来てよかったのかなって」
迷惑だったんじゃないかな。俺みたいなのが来たら……。先輩の仲間のひとたちの、視線が気になる。ご飯の前に、こんなこと言うなんてよくないけど、胸がかげった。夏の日差しが、ほんの少し陰る。
見上げた先輩は、不思議そうに俺を見てた。けど、顔いっぱいに笑った。
「君は、本当に気遣いやだな」
先輩の大きな手が、俺の頭を撫でた。あったかい笑顔と、優しい熱につつまれて、ちょっとぽかんとする。
「俺は嬉しかったよ」
「先輩」
「もちろん、俺から会いに行くのも楽しいが……」
見上げた先輩の目は、眩そうに細められてた。
「会いに来てもらえると、気分が上がるな!」
先輩の声は晴れやかだった。内側から、「嬉しい」って伝えてくれてる。俺は、先輩の笑顔を見つめる。先輩は、はっとして、項に手をやった。
「いや、待ってもらっておいて言うことでもないか」
はは、と笑う先輩の声はちょっと慌ててた。俺はじんとしてた。そんなふうに、言ってくれるなんて。
先輩は、ちょっと目線を上に向けて、それからいたずらっぽく笑った。
「練習を見てくれると、なおさら嬉しいな」
「いいんですか?」
「ああ」
俺は思わず背伸びしてた。先輩が練習してるところ、すごく見たい。先輩の剣道、本当に凄いんだ。先輩の本気がたくさん見られるなんて、すごいわくわくする。
「嬉しいです! あっ、もちろん、ぜったい邪魔しません!」
興奮して慌ただしく話す俺に、先輩は「わかってる」と頷いた。
「君はいい子だな」
もう一回、俺の頭を撫でた。