あの日にまだ縋ってる21
「よろしくお願いします!」
俺は今日も教室で、練習に励んでいた。汗がすごく溢れてくる。道場の端から端までのすり足。少しずつ……けど、前に進んでる感覚がする。
気持ちがはやるのも、おさえて。俺は落ち着いて、なんども何度も繰り返した。
「りーおーくん!」
休憩をしていると、みくちゃんとかなちゃんが駆け寄ってきてくれた。最初に声をかけてくれた子で、皆親切だけど、特に仲良しだ。
「上手になってきたねー!」
「本当?」
「うん! 合格」
「ありがとう」
太鼓判をおされて、にこにこしてると、みくちゃんがテキストを開き出した。かなちゃんが注意する。
「こら、練習中に駄目じゃん」
「だって終わんないんだもん。塾このあとなのに」
困り顔で、ペンを握ってる。かなちゃんがテキストを見下ろして、「うーん」とうなる。
「それ私もわかんなかった。おいときなよ」
「やだ。理央くんわかる?」
大きな目で見上げられ、俺はテキストを見た。問題を見て、ほっとする。これならちゃんと教えられる。
「ここはね」
ゆっくりと、みくちゃんの「わからない」を、ひもといてく。ふんふんと、真面目に聞いてたみくちゃんが、
「あっ!」
と声を上げた。
「わかった! あ、じゃあこれも……!」
水を得た魚みたいに、すらすら問題を解き出す。あんまり楽しそうに解いてくから、ちょっと見惚れてしまうくらいだった。
「できたー! ありがとー理央くん!」
「ううん」
顔いっぱいに笑顔を浮かべるみくちゃんに、俺も笑顔になる。みくちゃんは顔をきらきらさせた。
「理央くんって教えるの上手! やさしいし……」
「ずるい! 私も教わる!」
かなちゃんがみくちゃんの袖を引っ張ってる。なかよくじゃれてるのに、ほほ笑ましくなる。
「ありがとう」
教えるの上手いなんて、初めて言われた。何回も繰り返したからかな。はにかんでると、二人がぴたっと俺の両脇に身を寄せた。にこにこしてて、可愛い。
「ふたりとも塾も行ってるの?」
「近所だからねー」
「あそこにちらしあるとこ」
そう言って、教室の隅にある、ちらしのコーナーを差した。二人に手を引かれて行って、ちらしを見た。なるほど。あったかみのある個人塾みたいだ。
「いいところだね」
「うん。皆行ってるよー」
「遠足とかもあるよ!」
「そうなの?」
「うん、あっここもね……!」
「何を話してるんだ?」
あたたかい低い声がおりてきて、俺たちは見上げた。先輩が、扉から俺たちを見下ろしてた。
「先輩、お疲れさまです」
頭を下げると、先輩は「おつかれ」と、にこっと笑った。
「
「またきたの?」
みくちゃんとかなちゃんが尋ねる。先輩は、「こら。あいさつが先だろう」と指導すると、二人はぴしっと礼を取った。
「理央くんにお勉強教えてもらってたんだー」
「知ってる? すごい教えるのうまいんだよ」
「そうか、ちょっとくっつきすぎだぞ」
「いーもん」
お水を飲みに、みくちゃんとかなちゃんは駆けていった。先輩が、「まったく」と息をついた。でも、顔は楽しそうだ。
「先輩、部活お疲れさまです」
「ありがとう」
先輩は笑った。先輩はすごく忙しい。けど、こうして合間を縫っては、教室に皆を見に来てるみたいだ。頭が下がるな、と思う。
「
「すごくいいです! まだまだ、全然ですけど」
胸の前で手を握りあわせる。じわじわ、嬉しさがこみ上げてくる。
「強くなれてる気がして、嬉しいです」
実感ってこういうのかもしれない。
「そうか」
先輩は、俺の言葉をゆっくり聞いてくれた。俺は先輩をそっと見上げる。
「先輩は、部活は……」
「おや、樹くん」
音もなく、先生が後ろに立ってた。俺は慌てて頭を下げる。いけない。休憩時間終わってたかも。先生はにこにこと俺を制して、先輩を見た。
「最近よく来るねぇ。大会前で忙しいのに」
「いえ。後進育成は大事ですからね。先生に教わりたいこともいっぱいありますし……」
「そう。今日は、もうすぐ終わるんだけどねえ」
「いえ。たとえ五分でも大事ですから」
「ふーむ。殊勝だねぇ」
「な、なんですか?」
ゆったり話す先生に対して、先輩はなんだか慌ててた。先生は、ふっと笑って、
「まあ頑張りなさい」
と去っていった。先輩は、ふーと長く息をついた。赤い顔には、汗がにじんでた。
「先輩?」
「いや、何でもないぞ」
落ち着かない先輩を、俺は見上げていた。先輩に促されて、俺は練習を再開した。