あの日にまだ縋ってる20
それから、二、三日が経った頃。
いつものように、朝に理央を迎えに行った。地面が、夏のはじめの光を受けて白い。理央の家の車庫には当然だけど、もう車はなかった。
理央がドアから出てきた。俺を見とめて、はっと目を見開いた。それからじっと、俺を見つめてる。
どうしたんだろう。「おはよう」と声をかけると、理央の頬がぱっと赤くなる。
「お、おはよう」
おずおずと頭を下げて返される言葉に、気持ちが浮き立つ。挨拶を返してくれるようになった。
でもなんだか、今日の理央の様子は固い。具合が悪いのかな、尋ねると理央は首を振って、ぎゅっと目をつむった。
懐かしい仕草に、どきりとする。
「あ、あの……」
理央はおずおずと切り出した。
「ありがとう。剣道のこと」
理央は一生懸命、言葉を紡いでる。嬉しかったって、俺に……。おばさん、話したのかよとか、クレームも遠くて。俺はひたすら、理央をじっと見てた。
「本当に、ありがとう」
理央の目が、俺をそっと見上げた。理央の目に、俺が映ってる。理央の目や、唇、肌から、嬉しいって気持ちが、ふわふわと伝わってきた。
その気配に触れて、体がしびれたみたいになった。
「あっ」
気づいたら、俺は理央の目元にキスしてた。引き寄せて、理央を感じる。髪のしなやかさも、後頭部の丸みも。ふわりと、理央の香りが立った。くらりと頭が揺れる。
「どういたしまして」
理央を見ると、理央は石みたいに固まってた。目を大きく見開いたまま、息も忘れたみたいだ。見つめてると、たき、と唇だけ動いた。
「真っ赤……?」
俺は理央の言葉に、笑うしかできない。胸の奥が詰まったみたいに熱い。理央の言うとおりなんだろう。だって今、燃えるみたいに顔が火照ってた。
――ださい。こんなことは初めてだった。
でも、理央こそ。
隠すみたいに、理央を抱きすくめる。
「好きだよ」
理央が、息を詰めたのがわかった。理央を通して、酷い自分の高鳴りを、把握してた。
理央の手が、俺の背に回る。
指先が、ぎゅっと俺の背に伝わって、息を詰めた。思わず、もっと強く抱いた。理央の背が反る。ふるえる理央の呼吸を、ずっと感じてた。
好きだ、どうしようもなく――。
理央の目を覗き込む。涙の浮かんだ目元を、そっとぬぐった。唇が震えてる。
「あ……」
理央は、顔を伏せようとした。俺の手が阻むと、目だけ、伏せる。真っ赤になった顔を、隠そうとしてる。それを見てると、胸が痛くなった。
だからいまは、額を合わせた。目元をもう一度、やさしく拭ってあげる。
「行こう」
俺は理央の手を引く。やせて骨ばった手を、できる限りやさしく包んだ。
「うん」
理央は、ついてきた。俺の隣を歩く。白く照り返す、通学路。手にじわりと汗がにじんだ。それでも、離さない。
隣を歩く理央を、ずっと視界にとらえてた。理央は、そっと俺をうかがって、見上げてた。不安そうに、ずっと。
視線をやれば、慌ててそらされる。たまたま見ていた、というふうにうろうろ、視線をさまよわせてる。
目が離せない。胸の奥が、甘く疼いた。いっそう強く手を握ると、肩をふるわせてる。
――理央。
風が吹く。理央の髪を、ふわりとそよがせた。目を閉じる理央の横顔を見つめる。細くするどい、少年めいた面差し。
大好き――ずっと俺のものだ。
どうあっても、いきつくのはそこでしかなかった。
《完》
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