あの日にまだ縋ってる18
予鈴がなって、われに返った。皆もう、片付けを済ませて、着替えに向かってる。皆を監督してた先輩が、ふと、こちらを向いた。
「――
「あっ」
りりしい目が、大きく見開かれる。大きな歩幅で、さっと俺のところまで来てくれた。
「来られたんだな。もういいのか?」
先輩は、いつもの笑顔だった。やさしい……。
「は、はい」
「よかった」
先輩は、ほっと息をつく。肌が汗に輝いてる。
「どうしたんだ? こんなところで」
先輩が尋ねる。俺は、お弁当箱の入った袋を抱きしめた。なんだか、今渡すのは違う気がした。
「え、えっと。たまたま、通りがかって。そうしたら、見入ってしまって」
俺はおろおろと、言葉を探した。慌てて、言葉をあとからあとから、つけ足した。
「すみません。邪魔するつもりはなくて」
頭を下げる。ひたすら縮こまってると、先輩が、手で制した。
「いや、怒ってるとかじゃないんだ」
「で、でも」
「嬉しいと言うか」
先輩が、口元を手で押さえてる。伏せた目が、ふらって泳いでた。俺は目を瞬かせる。なんだろう。でも、先輩のやわらかい空気にひっぱられて、気持ちがほどける。そうしたら、さっきの熱気が胸に戻ってきた。
「先輩、すごかったです!本当にかっこよくて……」
「そ、そうか?」
言いながら、心が高揚する。拳を握って、勝手に笑みがこぼれてきた。
「はい! 剣道って、すごい迫力ですね。圧倒されちゃいました」
「そうだろう!」
俺の言葉を、先輩が明るく継いだ。目がきらきら輝いてる。
「剣道はいい。身体だけでなく、精神の修養にもなる」
先輩は笑った。すごく活発な笑顔だった。
「なにより楽しい!」
先輩の声は晴れやかだった。大切なものだって、はっきりわかる。光が差して、武道場の床が明るくなる。
「あ」
先輩は、はっとして、照れたみたいに笑った。
「すまない。つい」
「いいえ」
俺は首を振る。先輩を見上げる。
「先輩、すごくきらきらしてます」
先輩は、光を受けてきらきら、まばゆい。俺は、腕を交差させて、自分の肩にふれた。隠すみたいに、顔を伏せる。
「俺は、そういうのないから。すごいな……」
きらきらしてる。先輩も、星たちも。俺は、自分のつま先を、じっと見つめてた。
「樟くんは、」
呼ばれて、俺ははっとなった。何、湿っぽいこと言ってるんだろう。謝ろうと口を開いた。
「きらきらしたいのか?」
俺は止まる。先輩が、俺を見てた。あたたかい、やさしい笑み。
「あ、その」
「言ってごらん」
先輩の言葉は、優しいのに、俺を引っ張るみたいだった。じっと、俺を待ってる。俺は、口を開いては閉じるをくり返す。それでようやく、
「はい」
と頷いた。頬がかあ、と燃えるみたいに熱くなる。
「すみません」
俺みたいなのが、そんな……。おこがましくて、小さくなった。何も、頑張れてないのに。肩にぎゅっと力がはいる。
先輩は、怒らなかった。ただ、
「そうか」
と応えた。
「言えてえらいな」
大きな手に、頭を撫でられる。熱っぽいそれに、思わず顔を上げる。先輩は屈託なく、笑っていた。強くて、優しい目。
「できるよ」
俺は目を見開いた。
「君はきっと輝く」
先輩の言葉は、力強かった。
白い光が差す。強いそれは、俺にも、たしかに差しかかった。
「もっとも」
先輩は項に手をやる。
「君は、俺にとって十分にまばゆいけどな」
風が吹いた。汗ばんだ肌を、涼しく撫でていく。先輩は俺を見て、
「応援している」
たしかに、そう言ってくれた。
「先輩」
後ろから、声がかかる。部員の人たちだ。もう、制服を着てる。先輩は、「ああ」と振り返り、返した。
「じゃあ、また」
先輩は、俺に手を挙げる。俺は、
「ありがとうございます」
と頭を下げた。先輩は頷き、武道場の奥に行こうとして、振り返った。
「剣道をするなら、大歓迎だぞ」
にこっと笑った。俺は、目を見開いて、
「はい!」
と、はっきり返した。自然に、笑みがこぼれた。ふしぎな気持ちだった。胸の奥に、なにかがわきたってくる。
先輩は、今度こそ中に入っていく。さっそうとした、大きな背。
その背を俺は、ずっと見送ってた。
《完》
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