あの日にまだ縋ってる18


 ドアを開けると、白いシャツが目に入った。まばゆい。たきが、立ってる。昨日、言ったとおりに……。瀧はじっと、俺を見てた。

「おはよう」

 俺は目を見開く。
 瀧から、挨拶された。胸がさざめく。息を吸って、俺は、おずおず頷いた。

「おはよう」

 瀧の口元が、ほころんでる。湖面みたいな瞳は、朝の光を受けて、俺をのぞき込むみたいに、見てた。
 どこかあどけなくて、俺の胸はぎゅっと切なくなる。瀧は俺の手を取ると、うながした。ふたり、並んで歩き出す。
 日差しが、白く明るい。いつもの道なのに、なんだか、あたたかかった。瀧の手から、熱が伝わる。アスファルトに書かれた文字がまばゆい。
 瀧、どうして……。
 涙がこみ上げた。知らず、握る手に力がこもった。瀧の肩が、ぴくりと揺れる。

「ごめ……」

 慌てて、俺が手を離そうとすると、瀧が握り返してきた。ぎゅっと――俺の指が、瀧の手の中で狭まるくらいの強さで。とっさに見上げると、瀧が笑ってた。
 やわらかい、やさしい目……。ひどく、なつかしい。見ていられなくて、ぱっと顔をそむける。うなじが熱かった。じわりと、首に汗が滲んでいた。

「ねえ」

 十字路で、瀧が足をとめた。遠く、車の走る音がする。そっと、俺を見つめる。

「昨日、どうして電話だったの?」

 俺は固まる。瀧は続けた。

「メッセージでもよかったのに」
「……あ、」

 静かに、本当に静かに見つめられて、俺は胸の奥が不安定になる。じわりと、肌が汗ばんだ。ひとりでに、目が泳いだ。

「その……」

 どうしよう。
 トークルームを消したから、なんて言えない。瀧の目を見られなくて、俯いた。耳のなかで、心臓の音が響いてる。どうしよう……。暑いのに、肌が冷えていた。

「怒ってないから」

 頭が、やわらかな熱に包まれた。瀧が、俺に手を伸ばして、触れてた。落ち着けるよう、やさしく撫でられる。さ、と風がたった。

「消しちゃった?」

 びくりと、肩が跳ねた。心臓の音が、すごく大きくなる。確定だ。もう誤魔化せなかった。おなかの底が、冷たい。口を開いては、閉じるを繰り返した。喉でつかえて、言葉が出ない。

「ご、ごめんなさい」

 どうにか出た言葉は、謝罪だった。目を閉じて、深く俯いた。
 ――なんで。
 俺は我に返る。
 謝ることなんて、ないじゃんか。お、俺は瀧と、終わりにしようと思って、消したんだから……。
 ひゅっと、胸の中があやしくなる。やばい。胸を押さえて、背を丸めた。背筋がふるえる。
 瀧が、俺の強張った体を、引き寄せた。ふわりと、風のなかに瀧のフェロモンが溶ける。シャツ越しに、瀧の熱が伝わる。

「わかった」

 俺は固く目を閉じた。けほりと呼吸が荒れる。思わず、目の前のシャツをつかんだ。
 ぽん、ぽんと背中を叩かれる。目を見開くと、「大丈夫」と言われる。は、と詰めていた息が漏れる。何度も何度も、繰り返された。

「泣かないで。大丈夫だから」

 後頭部を、瀧の掌がつつむ。確かめるみたいに撫でると、ぎゅっと固くだきしめられた。俺は身を固くする。背に、瀧の掌を感じる。
 人けがない住宅街。ただ、瀧の熱があった。



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