あの日にまだ縋ってる17
やわらかい。
瀧がやさしい目で、俺を見つめた。ほのかな笑みを、くちもとに浮かべて。
懐かしい顔だった。大好きな、瀧の……。
かたかた、小鍋の蓋が揺れた。目の奥が揺れる。熱を持って、視界がぼやけた。胸にはしった痛みに、目を閉じたら、頬に伝う。
「瀧……!」
俺は駆け出してた。
瀧のやわらかな影にむかって。瀧は、ほほえんでた。そうして、そっと。
俺に手を広げてくれた。
瀧。
瀧……!
がたりと、音がした。揺れて、濡れた音がして。
俺の体にかかった。水音が、地面に落ちた。
ざあ、と濡れた熱が伝う感触に、俺は固まった。
腕のなかのポトフがこぼれて、俺のおなかを、濡らしてた。肌にシャツがはりつく。
「あ……」
「理央!」
なんてこと……俺は小鍋を抱える。瀧が強い声で、俺のところへ駆けつけてきた。大きな声。ぱたぱたと、足音を立てて、俺の体に触れる。
「大丈夫?」
俺は、答えられなかった。ただ、呆然としてた。瀧の力が、腕から伝わった。
「う、うん。ごめん……」
自分の言葉が、頭の向こうで聞こえた。小鍋をぎゅっと抱える。瀧は、
「謝らなくていいから」
って、ひどく慌てた、焦った声だった。俺から、さっと小鍋をとる。
「あ」
俺は、瀧の腕におさまったそれを、目で追ってた。空手になった手が、さまよってた。
「これは俺が引き取るから。早く手当しよう」
瀧の声が聞こえる。すごい、心配そうな声。俺は、身を抱いた。手が、なんでか震えていた。
「へ、へいき。そんなに熱くなかったから」
俺はぎゅっと、自分の肩を抱く。濡れた手から、ふわりとスープの香りがした。
「大丈夫」
目が合わせられない。瀧の気配が、ずっと俺を見てた。
「あらあら、どうしたの?」
隣から、おばさんが出てきた。き、と門の開く音がして、俺を見て、口元をおさえた。
「あら、理央ちゃん……!」
駆け寄ってきたおばさんに、瀧は向き直った。
「俺が鍋を渡し損ねた」
「あら」
瀧は、いつもの瀧だった。
「だめじゃないの。気をつけないと――」
瀧の背を、俺は見つめた。