あの日にまだ縋ってる17


「いただきます」

 先輩が持ってきてくれたおかゆを前に、俺は手を合わせてた。まだあったかいそれは、やさしい香りがした。口元がほころぶ。スプーンを持ったとき、インターホンが鳴った。
 ……なんだろう?
 先輩かな。さっき分かれたばかりの笑顔を思い浮かべる。ふたをそっと閉めて、俺は立ち上がる。

「はい」

 ドアを開けて、俺は目を見開いた。

たき……」

 瀧が、ドアの前に立ってた。ストライプのシャツが、玄関の灯りに照らされてる。手に、小鍋を抱えてた。

「体調は?」

 瀧が、俺に尋ねた。俺は、すぐに答えられなかった。ただ、瀧の静かな目を見上げてた。灯りの入る瞳は、やわらかく見える。

「う、うん。へいき……」

 言いながら、俺は俯いてた。目が、見られない。おずおずと、自分の手を、握り合わせてた。

「そう」

 瀧はひとこと、そう言った。その声に、俺は目を上げた。そっと、瀧を窺う。
 ――どうしたんだろう?
 瀧は、黙って、そっと小鍋をさしだした。俺は、見慣れたそれに、思わず受け取ってしまった。

「これ……」
「ポトフ作ったから」
「あ」

 いつも、おばさんが、差し入れてくれる……。俺は手のなかのそれを見下ろす。そっか。おばさんに頼まれたのかな。

「あ、ありがとう」

 ぎゅっとそれを抱える。瀧はかすかに顔を縦に揺らした。頷いた、みたいに見えた。
 でも、どうして?
 なんで持ってきてくれたんだろう。
 ――教えて。

 俺は瀧の目をそっと覗き込んだ。湖面みたいな、綺麗な目。腕のなかの熱が、じわりと染みてくる。
 瀧の手が、ふと、こっちに伸びてきた。長い、きれいな指先に気を取られて、固まった。
 瀧の手が、俺の頬を包んでた。親指で、確かめるみたいに、撫でられる。
 息を呑む。

「よかった」

 瀧は息をつく。

「顔色もよくなってるね」

 長いまつげ。伏せられた目の、表情は見えない。けど、指はやわらかく温かかった。綺麗な目に、俺が映った。

「おやすみ」

 花が揺れるみたいに、瀧は手を離した。そうして、背を向けて歩き出す。ドアを離れ、家を出てく。

「た」

 す、と息がのまれる。

「瀧……!」


 自分の声に、俺は固まる。固まって、瀧を呼んだことに、気づいた。
 ――あ。
 吸った息が、唇をふるわせた。どうしよう。おなかの底が、はいあがるみたいに冷たくなった。
 瀧は立ち止まった。ただ、動かないで、ずっとそこに立ってた。お腹が冷たくて、痛い。しずかな背を、俺はただすくんで、見てた。
 ごめんなさい。
 そう、告げる前に、瀧の肩が、こっちを向いた。

「なに。理央りおちゃん」


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