あの日にまだ縋ってる15


 お昼の時間が来て、俺はそわそわと教科書をしまってた。
 先輩、喜んでくれるかな……。時間が近づくと、どきどきしてきた。落ち着かなくて、うろうろと教室の中を歩いてしまう。
 扉の前で、外をうかがってると、先輩が、曲がり角から歩いてきてくれたのが見えた。

「先輩」

 今日も、来てくれた。
 嬉しくて、俺は思わず声をあげる。先輩は俺に気づくと目を見開いて、ぱっと駆け寄ってきてくれた。

「樟(くぬぎ)くん」
「こんにちは」

 見上げると、先輩は項に手をやって、笑った。あたたかいそれに、俺も、自然と笑顔になる。

「待っていてくれたのか」
「はい。来てくれてありがとうございます」

 にこにこしてると、先輩が、口元をおさえて黙り込んだ。
 どうしたんだろう。もしかして、図々しかったかな。
 気になって、そっとうかがうと、小さく先輩はささやいた。

「そうか……」
「先輩?」
「いや。嬉しいよ」

 にこっと大きく笑う。俺はホッとした。中に入ると、道を開けた。先輩はなかにはいると、お弁当をそっと掲げた。
 胸があたたかくなる。どうしていいかわからなくて、慌ただしく、机を寄せてた。

 お弁当の前に向き合って、先輩が手を合わせようとしたとき、俺は意を決した。

「あの」

 手提げから、水筒を取り出した。先輩のコップが入った巾着も一緒に。先輩が、じっと俺を見た。

「えっと」

 俺は辿々しくなりつつ、水筒を示した。

「お茶を淹れてきたんです。先輩と飲もうと思って」

 いざとなると、うまく言葉が継げない。先輩は、俺の言葉を待ってくれてる。俺はへたくそに、言葉をつらねた。

「お弁当、嬉しくて。俺も先輩に何か、お返ししたくて……」

 これ、コップです。
 慌ててコップも、先輩に差し出した。大慌てで、自分でも何を言ってるかわからない。

「えっと、その……今日は焙じ茶で」

 ひたすら焦って、水筒の蓋を開ける。じっと先輩を見る。こういう時って何て言うんだろう?

「よかったら、飲んでください」

 それきり、うまくことばにならなかった。すごくから回った気がするけど、俺は視線をさまよわせる。
 コップを差し出した手が、熱に包まれる。

「ひゃ」
「ぜひ、飲ませてくれ」

 先輩の大きな両手が、コップごと、俺の手を包んでいた。先輩は真っ赤な顔で、俺を見てた。目が、きらきらしてる。

「すごく嬉しい。ありがとう」

 まっすぐ、強い声で。ひとことひとこと、先輩は気持ちを俺に届けてくれた。
 さあ、と風が吹いたみたいに緊張が溶け出していく。

「はい」

 自然と顔が、笑顔で一杯になる。先輩も笑って、コップを俺の手から受け取った。

「どうぞ」
「ありがとう。うまそうだな」

 お茶を注ぐと、先輩はすごくうれしそうに笑ってくれた。俺もすごくあたたかった。

 先輩と、お弁当を食べた。先輩はいっぱい喋ったり、黙ったり……でも、お茶をずっと

「美味しい」

 って褒めてくれた。照れくさかったけど、先輩の気持ちがうれしかった。
 もっと、次は美味しく淹れられるように頑張ろう。
 先輩の作ってくれた、小さな梅のおにぎりを食べながら、俺はすごく胸がいっぱいだった。



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