あの日にまだ縋ってる14


 お昼。
 ぐったりと俺は席についてた。あれから、顔と口を洗わせてもらって、どうにか教室に戻った。
 身を起こして、なんとかテキストと向かい合うけど、めまいがして。結局午前の授業は、ずっと机に突っ伏してた。
 人がいないから、誰にも怒られなくて。本当にサボってるみたいだった。
 漢方のお茶をそっと飲んで、一息ついていると、やわらかく、人の気配が、近づいて来た。

くぬぎくん」
「先輩」

 先輩が扉を開けて、にこっと笑った。でも、俺の顔を見て、目を見開いた。

「大丈夫か。ひどい顔色だ」

 血相を変えて……って言葉がぴったりに、俺のところへ来てくれた。

「先輩」
「可哀想に。いつから我慢してたんだ」
「え?」
「心細かったろう」

 膝をついて、俺の顔をそっと覗き込んだ。先輩のほうが、必死で。俺はぽかんとしてしまった。

「す、すまない。君は具合が悪いのに」

 先輩が慌てて、俺にハンカチを渡した。それで、俺は自分が泣いてるとわかった。

「う……」
「大丈夫だ」

 俺は、先輩の言葉に頷いた。柔らかいハンカチは、あたたかかった。

 ひとしきり泣いて、俺は落ち着いた。心の中を吐き出し尽くして、胸がすっきりしてた。代わりに、ふわりとあたたかいものが入ってくる。

「先輩……」
「少し、すっきりしたか?」
「はい、ありがとうございます」

 勝手に、笑顔がこぼれた。先輩は安心したみたいに、笑ってくれた。
 ぐう、と先輩のお腹が鳴る。先輩が真っ赤になって、お腹を叩いた。

「すまない」
「あっ……ごめんなさい。時間……」

 慌てて立ち上がると、くらっと頭がゆれた。先輩の腕が、俺を支える。

「いいんだ。無理しないで、座ってなさい」

 そっと座らされて、俺はおろおろする。

「でも、先輩のお昼の時間が……」
「いや。君の体調が、第一だ」

 決然と言われて、びっくりする。あんまり真っすぐな声だった。

「体調は、大丈夫か? 何なら救護室へ連れていくが……」
「あっ、平気です」
「そうか。無理はしたらだめだぞ」
「は、はい」

 何だか、すごく心配されて、おろおろする。そんなに俺って真面目な人間じゃないのに……。先輩は、俺のこと、すごく頑張りやみたいに思ってるみたいだ。

「先輩、あの、どうしてここに……」

 そう言えば、何か用事があったんじゃないかな。
 見上げると、先輩は「ああ」と項に手をやった。うーんと唸ってる先輩の足元に、黒のバッグがあるのが見えた。
 何だろう?学生鞄とは別のそれを見つめる。

「それ……」
「あ、ああ。何でもないんだ」

 先輩が、ぱっと背に隠した。俺は、何だか気になってじっと見つめてた。先輩は首をひねって、観念したみたいにそれを見せてくれた。

「これ……」
「その、間が悪くてすまない……」

 それは、お弁当だった。
 ジャータイプのが、二つ。俺は先輩の顔とそれを、交互に見た。

「君と昼を、食べたくて」
「先輩」
「すまない!」

 ぱっとしまおうとするのを、俺は思わず引き止めてた。

「お弁当、見たいです」
「樟くん」
「先輩のお弁当……」

 見上げると、先輩は目を見開いて、頷いた。
 机に、お弁当を置いてくれる。俺の前と、先輩の前に、お弁当がある。
 そっと、手に触れる。ひんやりと、厚い金属の感触が伝わる。

「わあ……」
「開けてみてくれ」

 先輩の声は、何だか緊張してた。俺もどきどきして、蓋をひらいた。

「あっ」

 俺は口元をおさえた。
 ハンバーグ……。
 色とりどりの野菜に囲まれて、きらきらとソースが輝いてた。
 ほのかに温みの残るそれを、そっと外す。ご飯にはたまごのふりかけがかかってる。
 俺が、好きだって言ったもの。

「うう……」

 俺は顔を覆った。我慢しようとして、背中が跳ねる。
 こんなことってあるんだ。
 あとからあとから、嗚咽が漏れる。
 なのに、苦しくない。ずっと、嬉しかった。

「先輩、ありがとうございます」

 泣きながら、なんとか言った。先輩は、そっと、俺の背を叩いてくれた。

 涙を拭って、

「いただきます」

 俺は先輩と、手を合わせた。


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