あの日にまだ縋ってる13


「いただきます」

 教室に戻って、先輩とふたり、手を合わせてた。飲み物を飲むと、そっとパンを取り出す。

「おいしい」
「よかった」

 先輩は笑った。バゲットサンドを大きな口で食べてる。俺も、パンをもうひとくちかじった。
 香ばしくて、焼き立てでやわらかい。ほのかに汗をかいてるそれは、まだ温かかった。
 おいしい。
 でも、これ、明らかに購買のパンじゃないよな……。

『細心の注意を払った』って笑った先輩の顔が蘇る。先輩、優等生なのに大胆だなぁ。

「ん?」

 先輩が三つ目のパンをあけていた。しばらく見ていたけど、はっと眉を下げる。

「気分が悪いか?」
「あっ、いえ。……えっと、先輩、すごく食べるなって……」

 慌ててごまかすと、先輩は「あ、ああ」と頭をかいた。照れたみたいに笑った。

「部活があるからと格好つけたいが、食べるのが好きなんだ」

 すまない、と口元をおさえる先輩に、俺はなんだか笑ってしまう。先輩はまた、パンを取り出して食べだした。なんだか急いでるみたいに見える。どうしたんだろう。俺は首を傾げた。

くぬぎくんは、好きなものはなんだ?」
「えっと……」

 俺は目線を上げる。好きなものはあるけど、最近食べてない。信憑性がないかもしれない。
 でも、今、いつも食べてるものを言うのは違う気がした。

「ハンバーグが好きです」
「ハンバーグか。いいな」

 先輩がうなずく。俺もうなずき返した。

「玉ねぎがたくさんの」
「ああ。たしかに、炒めた玉ねぎは美味しいな」
「はい」

 細かく拾ってくれる先輩が、なんだかおかしい。
 ハンバーグ。
 ……父さんが、よく作ってくれた。

理央りお、ちゃんとお野菜もたくさん食べるんだぞ」

 って、いつもたねが割れるくらいたくさん、玉ねぎいれてくれた。パスタにも、オムライスにも。俺の栄養のこと、考えてくれた。
 一緒にたねをこねたり、焼いたり。

「できたぞ」

 って。

「ありがとう、父さん」

 って、たきと、よく一緒に。
 ……なんでだろう。父さんの笑った口元ばかり、いまでも思い浮かぶのに。

「――樟くん?」
「いえ」

 俺は、慌てて首を振った。残像を、振り払うみたいに、笑う。

「先輩は、なんのごはんが好きなんですか?」
「俺か。そうだな……悩ましいな」

 先輩は、腕組みをして、考え込んだ。すごく真剣に考えてる。

「やっぱりカツかな。ご飯が進むし、縁起もいい」

 先輩の声は朗らかだった。

「剣道部だからですね」
「ああ」
「試合の前に……」
「そうだな。あまり肉を食いすぎるなと言われるんだが」
「そうなんですか?」
「ああ……消化に時間がかかるとか……」

 先輩の話を聞きながら、俺はゆっくりパンを食べた。なんだか、すごくのどかな時間だった。
 もたもた食べる俺に、先輩は何も言わないで、たくさんパンを食べてくれた。

1/3ページ
スキ