あの日にまだ縋ってる10


「行ってきます」

 ドアを開けて、俺は目を見開いた。

「瀧……?」

 瀧が立ってた。光を受けて、白いシャツが眩しい。俺は、呆然と見上げる。
 瀧は何も言わない。ただ、俺を促すみたいに、そっと後ろに身を引いた。押されるように、俺はドアから出た。鍵を締めながら、俺は動揺してた。
 どういうこと? なんでいるの?
 鍵を持つ手が、震える。手から取り落としてしまった。鍵は、冷たい音を立てて、地面を滑っていった。慌てて、振り返ると、瀧の手が、それを拾い上げた。

「はい」
「あ、ありがと……」

 鍵を受け取る。汗が肌に滲んでいた。もたもたと、鍵をしまう。瀧は、ずっとそこにいた。

「あ、あの……」

 見上げたら、瀧は俺を促して、歩き出した。俺は、瀧の後を行く。
 道路に出て、瀧は歩調を緩めた。隣に並ぶ形になり、身をすくめた。そのままずっと、俺に歩調をあわせてる。
 ――瀧?
 俺は、じっと瀧を見上げてた。何で? 綺麗な横顔は、何を考えてるか、ちっともわからない。

「危ないから」

 瀧が俺の背に手をやって、前を向くよう促された。
 かあ、と頬が熱くなる。俺は身を小さくした。
 ……こんなの、一緒に登校してるみたいだ。
 中学に入ってから、そんなの、なかったのに。俺はカバンの紐を、ぎゅっと握りしめた。胸がぎゅっと切なくなる。
 どうして、瀧。
 アスファルトの「止まれ」って文字を、じっと見つめて、歩いてた。

 瀧は何も言わなかった。ただ、前を向いて、隣を歩いてる。でも、いつもみたいに、線を引かれてる感じがなかった。柔らかくて、優しい。
 昨日が、続いてるみたいだ。
 一日だけの、幻だって、思ってたのに。思おうとしたのに。
 瀧の気持ちが、全然わからない。どうして、今、一緒に歩いてくれるんだ。ずっと、俺のこと、嫌だったんじゃないのか? それとも、また……。
 お腹の底が冷たくなって、ぐらりと目が回った。頭を押さえて、息を詰める。視界が暗くなって、目を瞑った。

 肩を抱かれる感覚に、目を薄く開いた。瀧の顔が、近くにある。

「あ……」

 瀧の腕だった。俺の体を支えてくれてた。
 胸が大きく鳴る。俺は震える足に力を込めて、体を起こした。

「ごめん」

 口元をおさえた。心の底が震える。込み上げてきた涙を、一生懸命、こらえてた。


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