江利也兄弟の朝


 くそっ、浮結兄ふゆにいの奴。
 家族のことだってのに、いつも自分は関係ありませんって顔しやがって。
 僕は悔しい気持ちを堪えていた。コントロールが上手く効かなくて、すぐに涙が浮かぶこの脆弱な精神が嫌いだ。
 こうしてる間も、沙結兄さゆにいの野郎は、僕のことニヤニヤ窺ってるのをわかってるんだ。なんかあったときに最悪のタイミングで「べそかき野郎」って言ってくるのが目に見えてる。くそっ、本当に、くそったれの最低の人格だ。
 こいつが先に生まれたという事実が本当に恨めしい。僕が先に生まれてりゃ、絶対いい兄になったのに。何でうちの兄二人はまともな人格じゃないんだよ。まあそりゃ、暫定、浮結兄はマシだけど、あてにならない。

 お腹空いてたのに、全然食べられなかった。通り過ぎてくときに、沙結兄に、頭をひじで打たれた。

「よう、べそかき。顔あらってけよ」

 勝ち誇ったように笑って去っていった。
 うざすぎ。地獄に堕ちろ!
 顔を洗ってると、使用人の三田さんが、俺に声をかけてきた。

「お友達がお待ちですよ」

 俺の気分は一気に浮上した。

「すぐ行くから、上がって待っててもらって!」

 顔を二、三度極めつけに洗って、髪をドライヤーで乾かした。変なところはないかな。
 確認してから、チョーカーをつけて鞄を背負い玄関に向かう。

「おはよ、希結!」
那智なちくん、おはよう」

 輝く笑顔で那智くんが立ってた。浮結兄と同じ小学三年生の那智くんは、学校は違うんだけど、隣のよしみでいつも会いに来てくれる。俺が朝弱いって言ったら起こしに行ってやるってさ。

「よく眠れたか?」

 那智くんは、俺の頭を撫でて尋ねてきた。俺は「うーん」と笑う。眠れないことはないけど、こう言った方が得だから。

「なんだ、大丈夫か?」

 心配そうにじっと目を覗き込んできた。涼しげで綺麗な目に俺が映ってる。

「うーん、熱はないみたいだけど……」

 手を当てて真剣に熱を測ってる那智くんをじーっと見つめる。
 可愛いなあ。
 ぞくっとする。俺は抑えるように、犬歯に舌を当てた。

「学校行けるか?」
「うん、平気」

 にこっと笑ってみせると、那智くんは無理してないか心配そうにしていたが、にこっと笑い返した。

「しんどかったら、ちゃんと言うんだぞ。約束だからな」
「うん」

 指切りしていると、浮結兄がやってきた。げっ。まだ行ってなかったのかよ。
 とは思うが、まだましだ。
 那智くんは、「おはようございます。お邪魔してます」と頭を下げて端に寄った。浮結兄は、ちらりと那智くんを見ると、会釈して靴を履きさっさと外に出ていった。
 くそ、愛想悪すぎだろ。俺の那智くんに。まあ愛想が良くてもムカつくけど。

「ごめんね。浮結兄、無愛想で」
「いやいや。水入らずのときに来てるの俺だし」

 那智くんは、あわてて手を振った。

「可愛い弟に、曲がりなりにもアルファがくっついてて心配なんだよ。いいお兄さんだよな」

 にこにこ笑いながら頭を撫でてきた。
 ……いつものやつか。俺は苦笑してチョーカーを撫でた。この誤解はいつ解くべきか。
 俺の可愛い那智くんは、出会ってから二年こっち、俺のことずーっとオメガと勘違いしてる。
 それもこれも沙結兄のせいで首をやってギプスつけてたときに出会ってしまったせいだ。くそ、くそくそ。まじろくなことしねえ。くたばれくそ。
 心のなかで兄貴を踏みつけまくっていると、

「希結?」

 心配そうに那智くんが俺のこと見てた。
 可愛い。くそっ。Tシャツからのぞいた首筋にのどが渇く。いくつでもアルファはアルファだって、言ってたの誰だ。クソ兄貴か。くそっ。

「邪魔」

 ごんっと後ろから頭を打たれて俺はつんのめってたたきから落ちた。那智くんが、「希結!」と慌てて抱きとめてくれる。

「ちょっと、ひどいですよ!」
「あ、おはよう、那智くん」
「……おはようございます。お邪魔してます!」

「いたの?」と威圧と無関心をまぜこぜに那智くんにぶつけて、靴を履いてる。那智くんは、挨拶をしつつ、ぎゅっと俺を抱きしめた。ふんと鼻で笑うと、那智くんの腰辺りをわざとらしくタッチして沙結は去っていった。
 あの野郎、ぶっ殺してやる!
 かあっと頭が熱くなって、閉まるドアに向かい突進しようとした。

「希結!」

 那智くんの心配そうな顔がぱっと視界に入った。

「大丈夫か?」
「う、うん」
「痛かったな」

 よしよしと頭を撫でられる。しゅう、と怒りが鎮まってく。俺はぎゅっと那智くんに抱きついた。さりげなくクソ兄貴が触った腰を払う。
 那智くんは、慰めるように抱き返してくれた。

「ごめんな。俺がずっと喋ってたから」
「ううん。沙結兄はいつもああだから……」
「うーん。お兄さんってのは、タイプが違って複雑なもんだなあ」

 いや、複雑ってことはないよ。むしろわかりやすいんじゃない。那智くんはお人好しっていうかさ。
 涼し気な香りの中に、ふわっと甘い香りがする。那智くんの本質の香りだ。
 いいなあ。
 深く吸い込んで、渇いた唇を舐める。

「大丈夫か? 学校行けるか?」
「うん。でももう少しだけこうしてて……」

 那智くんが自分をアルファと思ってて、俺のことオメガと思ってるから、今こうしてもいられるんだよな。でなきゃ、那智くんは、こうしてくれないよね。
 ならもう少しだけ、このままでもいいか。
 俺は那智くんの胸に頬を擦り寄せた。


 
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