あの日にまだ縋ってる9
当日、俺と母さんは、駅前で待っていた。理央の母さんが運転するのが好きだから、いつも俺達はご厚意に預かるんだ。と言っても、家は隣なのに、何で駅で待ち合わせなんだろう。疑問に思いながらも、俺は日差しを受けていた。頃合いの時間まで、適当に駅のコーヒーチェーンで時間を潰してたんだけど、連絡が来たから出てた。どちらにしても、高校生にもなって、母親とふたりで行動ってのは楽しいものじゃない。俺は少し母さんから離れて立ってた。
「暑くなってきたわねぇ」
母さんが日傘を差してつぶやく。影がはっきり落ちる。
「俺が立ってるから、向こうに行ってれば」
日陰の方に促すと、母さんは口角をあげた。
「ありがとう。でも平気よ、出迎えたいしね」
「そう」
「理央ちゃんにも、それくらい優しくしてあげたらいいのにね」
母さんが笑い混じりに嘆息する。ものすごく大きなお世話だった。
黙ってると、見慣れた車が止まって、おばさんと理央がでてきた。おばさんが、日差しに手をかざしながら、こっちにやってくる。その後ろに、理央が静かに続いてた。
理央を見て、俺はちょっと目を見開いた。
「あら、理央ちゃん! 大人っぽいわね」
母さんの声がうるさい。俺より先に、真芯をとらえた言葉が、いやになる。理央は、母さんに肩に手を置かれて、所在なげに笑って頷いてた。
いつも理央は、安価ってはっきりわかる素材の服を着てる。サイズもあってないし、色も浮いてるようなもので、そんなだから、いいところに行くって言えばいつも制服だった。
けど、今日は違う。シンプルだけど物がいいってはっきりわかる上品な服を着てた。すらっと伸びた手足が目立ってる。すっとのびた首筋から、黒い首輪が映えていた。
いつも、隠してたのに。なんだかそんなことが気になった。
俺は向こうを向きながら、じっと理央の姿を観てた。母さんとおばさんが、得意に理央の格好に対して話すのを聞きながら、理央がこっちを気にしてるのがわかった。
「似合ってるわ。瀧もそう思うでしょう?」
みぞおちあたりが一気に重くなる。
どうして、いつもこういうことをするんだろう。母さんとおばさんの期待に満ちた顔が鬱陶しい。思わず目を背けようとして、理央と目が合う。泣きそうな目が、俺に怯えてた。
「いいんじゃないの」
気づいたら、そう答えてた。言ってから、背がすごく熱くなる。細く、浅く、動揺に気づかれないように息をつく。
明らかに色めき立つ母さんたちを、俺は急かした。おばさんが訳知り顔で、話を切り上げる。子ども扱いに、ぞっとした。理央はずっと、どこか呆然として、落ち着かない様子で歩いてた。
『理央ちゃん。すごく可愛い』
ずっと小さい頃、理央を褒めてあげたことを、何故か思い出した。髪の毛を切りすぎたみたいで、恥ずかしそうに両手で隠していた。男子に無理に手を取られて見られ、からかわれて、泣いてた。
俺はそいつらを追っ払って、顔を隠してうずくまってる理央を、励ましてあげたんだ。大丈夫、可愛いよって。理央は、目を見開いてた。大きな目から、涙が溢れた。
あのとき、理央はなんて言ったっけ。歩きながら、記憶を呼び戻す。
ただ、「ありがとう」って、笑ったんだ。ひどくあどけない顔で。