あの日にまだ縋ってる9

 
 理央りおの母さんが休みを取ったから、一緒にご飯に行かないかって、母さんから聞いた。

たきも行くでしょう?」

 毎度断ってるのに、母さんはいつも、人生で初めて聞くみたいに俺に聞いてくる。でも、今はそれがありがたかった。
 理央と、家族との食事。本来、ものすごく気の重いもののはずだ。理央に気を持たせたくないし、生ぬるい目で俺と理央を窺ってくる家族もいやだった。

「行く」

 母さんは意外そうに目を見開いて、それから嬉しそうに笑った。

「よかったわ! ならそう伝えておくから」

 わざとらしい態度に、顔をしかめる。すごく嫌な気持ちだ。
 けど、あれから理央にずっと会えていない。これはチャンスなんだって、はっきりわかった。
 そう思って、すごくみじめになる。ださい。親に縋る始末かよ。
 それでも。理央にどうしても、会いたかった。

 あれから、俺は理央の家の前で、待つ日々を過ごしていた。
 理央がまた体調を崩したって聞いたから。だから、見舞いに行ったんだ。志島しじまに対して、少し嘲るような気持ちも、持ちながら。
 お前なんて、理央の家も知らないくせに。
 俺はどこかで安堵してた。理央のことは心配なのに、理央が学校を休んでるなら、あいつは手も足もでないんだって。頭の何処かで、そんな自分を嘲笑してる自分がいる。
 わかってる、そんなことくらい。俺は嘲りを振り払った。自嘲なんて馬鹿みたいだ。

「瀧くん」

 しつこくやってくる佐保さほのことは、無視をした。目元を真っ赤にして、憔悴した体でやってくる。心底どうでもよかった。

「ねえ、お兄ちゃんに瀧くんからも言ってほしいの。あの人が悪いんだって」

 こいつは自分が具合が悪いわけでもないのに、何なんだろう、自分が一番可哀想って顔で来る。だいたい、なんで俺のところにくるんだ。関係ないのに。

「ねえ、瀧くん。僕すごく瀧くんのために頑張ったよね? ねえ」
「うるさい」

 それどころじゃないんだ。理央が、そのお前の兄貴なんかに、今、言い寄られてるんだから。
 理央の志島に向けたやわらかい笑みが蘇って、気分が悪くなった。

『君だけが特別じゃない』

 ――黙れ。
 俺は――俺たちは、お前の相手なんて、する暇はないんだ。煮えたぎるような怒りに、俺は唇を強く噛んでいた。

 理央の家の前に立って、部屋の窓を見上げる。もとの部屋だ――理央の。
 理央の部屋は、もともとは二階だった。けど、思春期に入ってから、一階になった。そう、母さんが言ってた。

「理央ちゃん体調悪くて起き上がれなくて。下で寝てる内にね。もうそのまま部屋を変えるそうなのよ」

 そんな繊細な事情、俺に話すなよ、そう思ったけど。理央の家が模様替えするって、業者の人が出入りしていたついでの話題だった。でもこれがたぶん一番言いたいことだったんだろう。
 そのとき、「ふうん」で済ませたけど。
 俺が理央の部屋に入れてもらってたときは、まだ二階だった。だからつい習慣で、二階を見上げてしまう。
 ……理央の父親がいた時の話だ。あの人が出ていってからは、理央のおばさんはハウスキーパー以外、家に他人をいれなくなったから。

『瀧、いらっしゃい』

 玄関の扉を開けて、出迎える理央の嬉しそうな顔を、思い浮かべた。小さくて、にこにこ安心しきった顔。
 それでも、俺や母さんは家に出入りを許されてたんだ。俺は基本、自分の家に呼んでたし、思春期に入ってからは、「節度を持つため」って、家に行かなくても済んでたけど……許されてた。
 このドアの向こうに、理央が寝てる。
 インターホンを押せばいい。そうしたら、繋がるはずなんだ。俺と理央は。
 わかってるのに、押せなかった。


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