あの日にまだ縋ってる8
当日。
俺は、真新しい服に身を包んで、所在なげに試着室から出た。
「うん、いいじゃない。やっぱり綺麗にしないとね」
「あ、ありがとう」
母さんとショップの人の笑顔が眩しい。俺はどう答えていいかわからないまま、笑みを返していた。
今日はいいところにご飯に行くからって、俺は少しいい服を着ていた。あまり服を持ってないから、制服で行こうかなって思ってたんだけど。
「駄目よ。ついでにいい服持っときなさい」
母さんがそう言って、色々見繕ってくれたんだ。いつも通販ですましてるから、ちょっと緊張した。
「とてもお似合いですよ」
店員さんのやさしい笑顔に、俺はぎこちなく頷く。オメガ御用達のお店らしくて、店内はいい匂いがする。皆可愛くて、落ち着かない。きれいめで、素材のやわらかい服を着て、俺は借りてきた猫みたいだった。
「私はこういうのがわからないから、
そう言って笑う。母さんは、「誰かのために着飾る」ってことがあまり好きじゃない。なのに、
いつも着てる服より体に沿ったカットのシャツとパンツは、上品な色合いで、優雅って感じだ。首輪が見えるのが恥ずかしいけど、映えるようにデザインされてて、俺でも妙じゃなかった。
とはいえ、自分では似合ってるか、正直全然わからない。ただ、服のおかげでちょっと真面目そうに見える気がした。
瀧の顔が浮かんで、首を振った。瀧が綺麗って思ってくれるかどうかなんて、もう関係ないんだ。一月くらい前なら、「これなら」って浮かれたかもしれない。本当に、どうしようもないなって思う。
母さんから話を聞いてから、あっという間に当日が来てしまった。動揺したせいで、また体調を崩して、学校には行けなかった。学校いかないのに、ご飯には出かけるのか……そう思うと申し訳なくて、いたたまれなかった。
瀧、どうして今になって。
中学に入ってから、お正月とかくらいしか、こういうときに顔を出さなかったのに。会いたくて仕方ないときに会えなくて……忘れようと、必死になってるときに、会えてしまうのは、何でだろう。
くらっと頭が揺れた。店員さんがすぐに気づいてくれて、椅子に座らせてくれた。
「大丈夫ですよ」
優しい言葉はオメガを気遣うもので、俺は泣きたくなる。すごく優しいところだなって思った。気づかれないように、そっとお薬を出して、飲んだ。
今日、発作が起きたらどうしよう。握りあわせた手のひらが冷たい。
大丈夫。大丈夫。何も、怖いことなんて。きっといつもと、何も変わらないんだから。
瀧が来るのだって、きっと気まぐれだ。そうでしか、ないんだから。期待なんか……そう考えて、唇をかみしめる。期待。もう忘れるって決めたはずなのに――すごく、馬鹿みたいだった。
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