実験場


 長年の連れ合いのゆきが、子供を連れてきたのは、彼らが番となって二十年の時を経てだった。

かなさんへの思いは、ちっとも変わらない。どうしても、血を継ぎたかった」

 そう言って、手をついた。
 哉は黙って、頷いた。魔力で遺伝子をかけ合わせて、子供を作れるようになり久しい。
 しかし、哉は人間ではなかった。国が作った魔人であった。
 哉はただ、膨大な魔力の器であって、受け継ぐ力を保たなかった。

「名前はなんという」

 哉は笑って、自分の夫に尋ねた。雪は顔をあげ、目を見開いた。その目には安堵がにじみ始めていた。

「まだ、決めていない。哉さんとともに決めたかった」
「そうか」

 ありがとう。哉の言葉に、雪はほろりと涙を流した。

「ありがとう」

 俯いて泣く雪の背を、哉は黙ってさすってやった。

「お前の子だ。私にとっても可愛い子だ」
「哉さん」
「話してくれたらよかったものを」
「そんな」

 哉の言葉に、雪は口ごもった。昔は生意気盛りに、何だって話したのに、ずいぶんと遠慮を覚えたものだ。

「それしきで壊れる仲かい」
「哉さん」
「それが一番、寂しかったよ」

 雪は、泣きながら、哉に縋ってきた。哉は笑って抱きしめてやる。背に、自分にはない老いが、見えだしていた。
 どれほど、私に言えずに悩んでいたろうか。
 それが悲しかった。

 子供は実生みしょうと名付けた。実りあるよう、生きていけるよう。
 親子が、肩車をし庭の木の実に手を伸ばすのを、哉は縁側に眺めた。
 すこやかに、継いでいけ。
 哉はただひたすらに、そう願った。
 実生の背が伸び、顔つきが精悍になり、雪の髪に、白いものが混じり、背が曲がる。
 実生が恋人を連れ、巣立っていき、時折孫を連れて帰って来る。
 雪の膝の上に、孫がじゃれる。哉はそれを常に、遠くから眺めた。ひたすらに、愛おしげに。

 雪が床に臥せった。哉は看病をして、庭を眺めていた。雪は、何かを悟った顔をして、笑った。

「まさか僕が、こんなに幸福にいけると思わなかった」
「雪」
「ありがとう、哉さん」

 雪の命が終わった暁には、自分の命が終わるようにと、機関に頼んだ。
 しかし、聞き届けられなかった。あと千年は、哉は維持されることとなっていた。

「お父さんのことは、僕ら子々孫々、ずっと見ていくから」

 実生は言った。哉は笑った。
 どれほどに、可愛くても、私が人生をともにするのは、雪だった。

 幼い頃に拾った幼子。ずっと守り、育み、愛してきた。雪は、子であり、恋人であり、家族であった。
 つくりものだった自分が、心を得た。
 私の人としての命は、全てにおいて、雪にはじまりおわったのだ。
 雪からいろんなものを与えられ、はっきり理解した。

 寒く、雪虫の飛ぶ日に。
 雪は眠るようにいった。
 哉は、彼の手を握り、離れなかった。葬儀の準備がある。
 しんと冷える外に出て、真っ暗闇がほの明るい。白い息が、のぼる。

「幸福だった」

 哉は、悲しく笑った。
 雪の幸福をかたづくるために、私はきっと生まれた。
 雪は幸福だったろうか。
 それならば、この悲しみも、きっと意味のあるものだ。
 しんしんと、冷える冬の夜のこと。

 哉の長い余生が、始まろうとしていた。


 《完》

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