実験場
長年の連れ合いの
「
そう言って、手をついた。
哉は黙って、頷いた。魔力で遺伝子をかけ合わせて、子供を作れるようになり久しい。
しかし、哉は人間ではなかった。国が作った魔人であった。
哉はただ、膨大な魔力の器であって、受け継ぐ力を保たなかった。
「名前はなんという」
哉は笑って、自分の夫に尋ねた。雪は顔をあげ、目を見開いた。その目には安堵がにじみ始めていた。
「まだ、決めていない。哉さんとともに決めたかった」
「そうか」
ありがとう。哉の言葉に、雪はほろりと涙を流した。
「ありがとう」
俯いて泣く雪の背を、哉は黙ってさすってやった。
「お前の子だ。私にとっても可愛い子だ」
「哉さん」
「話してくれたらよかったものを」
「そんな」
哉の言葉に、雪は口ごもった。昔は生意気盛りに、何だって話したのに、ずいぶんと遠慮を覚えたものだ。
「それしきで壊れる仲かい」
「哉さん」
「それが一番、寂しかったよ」
雪は、泣きながら、哉に縋ってきた。哉は笑って抱きしめてやる。背に、自分にはない老いが、見えだしていた。
どれほど、私に言えずに悩んでいたろうか。
それが悲しかった。
子供は
親子が、肩車をし庭の木の実に手を伸ばすのを、哉は縁側に眺めた。
すこやかに、継いでいけ。
哉はただひたすらに、そう願った。
実生の背が伸び、顔つきが精悍になり、雪の髪に、白いものが混じり、背が曲がる。
実生が恋人を連れ、巣立っていき、時折孫を連れて帰って来る。
雪の膝の上に、孫がじゃれる。哉はそれを常に、遠くから眺めた。ひたすらに、愛おしげに。
雪が床に臥せった。哉は看病をして、庭を眺めていた。雪は、何かを悟った顔をして、笑った。
「まさか僕が、こんなに幸福にいけると思わなかった」
「雪」
「ありがとう、哉さん」
雪の命が終わった暁には、自分の命が終わるようにと、機関に頼んだ。
しかし、聞き届けられなかった。あと千年は、哉は維持されることとなっていた。
「お父さんのことは、僕ら子々孫々、ずっと見ていくから」
実生は言った。哉は笑った。
どれほどに、可愛くても、私が人生をともにするのは、雪だった。
幼い頃に拾った幼子。ずっと守り、育み、愛してきた。雪は、子であり、恋人であり、家族であった。
つくりものだった自分が、心を得た。
私の人としての命は、全てにおいて、雪にはじまりおわったのだ。
雪からいろんなものを与えられ、はっきり理解した。
寒く、雪虫の飛ぶ日に。
雪は眠るようにいった。
哉は、彼の手を握り、離れなかった。葬儀の準備がある。
しんと冷える外に出て、真っ暗闇がほの明るい。白い息が、のぼる。
「幸福だった」
哉は、悲しく笑った。
雪の幸福をかたづくるために、私はきっと生まれた。
雪は幸福だったろうか。
それならば、この悲しみも、きっと意味のあるものだ。
しんしんと、冷える冬の夜のこと。
哉の長い余生が、始まろうとしていた。
《完》
4/4ページ