「もっと可愛い子と付き合いたい」と恋人に嘆かれている【4】
「――相さん!?」
翌朝。
部屋に迎えにきた日夏が、相の顔を見て声を上げた。慌てて相の服を引っ張って、頬にふれてくる。
「どうしたんすか、目、パンパンっすよ」
「なんてことはない」
「泣いたんでしょ! ああ、やっぱ追いかけるんだった……」
「いや。君が傷つくのは見たくない」
日夏は暴力が苦手だ。隠しているが、目を見ればわかる。あの状態の満未に相対したら、きっと心の傷が開いてしまう。相は頷くと、ぐっと拳を握ってみせる。
「なんのことはない。目は昨日、蚊に刺されてな」
「そんなへったくそな言い訳するひと、初めてみたんすけど……」
てくてく、歩きながら日夏があきれる。日夏は「そうだ!」と手を打った。
「ちょっと待っててください! いいこと考えたんで」
そう言って、足早に駆けて行ってしまった。名前の通り、輝いているような後ろ姿に、相も少し心がほどけるのを感じた。皆も微笑ましげに見ている。
「ご機嫌だなあ、委員長」
艶の乗った低い声が、相の項をなでた。ぞわっと背筋が寒くなる。平静をつとめ、くるりと振り返った。
「
「はは、わざとらしい奴だな。殺したいって顔が言ってるぜ」
「こういう顔だ」
「そりゃ不幸なこったな」
はは、と笑う。相は、目頭を押さえたくなる。生徒会長である遠野は、小等部からのつきあいなのだが……どうにも苦手だ。「ここで会ったが百年目ー!」と言いたくなるようなことを、わざと言ってくるのだ。
だがしかし、自分は風紀委員長だ。ただでさえ犬猿の仲と言われる生徒会と風紀、自分が率先して雰囲気を悪くしてはならない。ぴりつく周囲を緩和するように、拳を握る。
「何の用だ」
「用がなければ話しちゃいけないか? 嫌われたもんだな」
しまった。本音がでてしまったか。
相は自分の口下手さを呪った。満未がいれば……そこで、びしっと目元が痛くなった。泣きたい気持ちがぶり返してきたのだ。ぐっと拳を握る。遠野は知ってか知らずか、ふっと笑って相の肩に手を置いた。
「満未なら、俺の部屋で寝てるぜ」
「!」
「かーわいそうに。誰かのせいで、部屋に帰りたくねえんだと」
耳元で艶っぽくささやかれて、かっとなった。拳を硬く握った。
「あれ、なんも思わねえのか? まあそうか。可愛いのにかまわれて有頂天だもんな」
何を言っているかわからない。思わず遠野を見返すと、いっそう楽しげに目が細められた。
「ブスは何しても、様にならないぜ。相ちゃん」
目元をつつかれて、相の顔が、燃えるように熱くなった。
「その辺にしとけよ」
穏やかな声が、割って入った。見れば、
「会長、おはようございます」
「なんだよ、同伴で。すました顔して爛れてんな、
遠野の揶揄に、皆見が頬を染めた。間地が、かばうように立った。
「どんな想像してんだよ。
な、和希。
そう言って優しく笑いかけた。皆見はほっとした表情を浮かべ、微笑した。花のような可憐さを、間地が甘い目で見つめている。
「冗談はおいといて。悪いな、郷田原。秋房の絡みは愛情の裏返しなんだ」
間地は、にこっと笑った。鷹揚な調子に、周囲の空気が、一気に和らぐ。さすがだ。相は、助かった心地で、頷いた。
「承知している。俺こそいつも上手く返せず済まない」
「はは、相変わらずなー。じゃ、またな」
「行きましょう、会長。席を取ってありますから。郷田原さん、失礼します」
間地の言葉に、皆見が続いた。促した先に、
見事だな。
間地と皆見のおかげで、さっきまでの緊迫感が去っていた。俺はつくづく、石のような男だな……。うなだれたくなるが、人前だ。ふうと息をついて、あたりを見回した。
「――日夏君?」
食堂の向こうで、日夏がうずくまっていた。相は慌てて、駆けていく。
「どうした。具合が悪いか」
「あ、へ、へいきっす。ちょっと、隠れてただけ……」
へへ、と笑う顔は青ざめていた。手には、冷たいお茶の缶が握られていた。
「それは」
「目、冷やすのにいいかなって……あとで飲めるし」
そっと差し出されて、受け取った。
「握ってたからぬるいかもっすけど」
「いや、十分だ。ありがとう」
そう言って、相は早速、目に当てた。日夏は、ちょっとぽかんとして、笑い出した。
「あはは……! なんかめっちゃ笑える」
「なんでだ」
「だって、いや何でかわからないけど、面白い」
首を傾げると、いっそう日夏は笑った。よくわからなかったが、日夏が笑えたなら、いいことだ。相は、ほのかに笑った。