「もっと可愛い子と付き合いたい」と恋人に嘆かれている【4】


「え……」
「ちょ、満未(みつみ)さ――」

 日夏(ひなつ)の驚きの声は、最後まで言葉にならなかった。満未は部屋に入ってくると、相(あい)の手を引いた。何も言わずに、外に連れ出される。

「相さん!」

 日夏が追いかけてくる。相は日夏を振り返り、

「大丈夫だ。任せなさい」

 と空いた方の手で制した。
 よくわからないが、この空気はまずい。安心させるように頷くと、自らついて行く。満未の力がいっそう強くなって、相は戸惑う。

「満未、」
「黙って」

 満未の声は、硬く鋭かった。どんな言葉も、どこか柔らかい響きのある満未らしくなかった。相は歩調を合わせ、ついて行った。
 ついたのは、自分たちの部屋だった。見ているからわかったが、何だかものものしい。満未はドアを開けると、相を押し込みドアを閉めた。
 ぐいと体を押される。相は足を突っ張って、止めた。満未の顔を見下ろす。こんな時でも、美しく冴えていた。満未はもう一度押した。相もまた踏ん張る。

「何」
「お前こそ、いったいどうした」
「うるさいな」

 肩をつかまれる。指先が食い込んだ。その鋭い力に息をのんだ時、足を払われた。
 しまった。
 思ったときには、満未に引き倒されていた。

「一本」

 笑っている顔は、ちっとも嬉しそうではない。そのまま、お腹の上に乗り上げられた。

「いつもとろいよね。俺のこと、なめてるんだ」

 形ばかりの笑みを浮かべているのが悲しく、相はそっと手を伸ばした。

「満未」
「黙ってよ」

 手首をつかまれる。きしむほど握られて、押さえ込まれる。相はぐっと押し戻した。お互い押しあいになる。満未は悔しそうに歯を食いしばった。

「くそっ、この鉄筋……」
「満未、やめろ。話し合おう」
「ふざけんな!」

 満未の拳が、相の肩の上をたたいた。ずんと音が響く。

「よせ。下の階に迷惑になる」
「は、こんなときまで人の心配? ――俺はどうでもいいってのかよ!」

 ぐっと肩を押さえ込まれる。体重をかけられて、さすがに痛い。それよりも、満未のことが、心配だった。

「いったいどうした」
「うるさい! いつも公平な顔で人に接して……! 肝心なとこは何もできてないくせに!」

 ぐさりと刺さった。

「確かに、俺は鈍い。だが――」
「うるさい、偽善者が! 上辺ばっかりで、自分がいっとき気分良くなれたらいいんだろ」
「――違う!」

 相はとっさに反論した。

「そんなことはない。俺は」
「お前みたいなやつが、一番たち悪いんだよ! なにも救えなくって、手に負えなくなったら捨てて……出来る限りの努力はしたって顔で次に行くんだろ!」

 相は目を見開いた。
 そんなことはない。
 ――けれど、本当にそうだろうか? 今まで、自分を頼ってくれた生徒たちの顔が浮かぶ。何人、笑顔を取り戻せたろう。何人、悲しい顔で転校していっただろう。今度こそ、と何度思ったろう。
 満未は、はっと笑った。

「結局、何にもできないんだよ。郷田原(ごうだわら)『委員長』さん」

 満未のきれいな目が、ドライアイスみたいに、相をのぞき込んだ。相は呆然とその冷たい熱を受ける。

「だから、たまたまの成功例を、大事に傍におくんだろ? 自分のほうが優位に立ってるって、見下してさ」
「違う!」
「そうだよ。それで、もっと承認欲求満たせそうなのがいたら、そっちにいくんだ。お前の優しさなんて、そんなもんなんだよ」

 喉元に、ぐっと手を当てられる。圧迫されて、息が出来ない。けれど、そうされるより先に、相は息を忘れていた。

「心底うんざりだよ、お前のそういうとこ。本当に、大っ嫌いだよ!」

 体に、電流が走ったみたいになる。心臓が痛くて、けど、何も感じなかった。手から力が抜ける。満未が、ふ、と笑った。

「泣くんだ。みっともない」

 胸の内が、ずたずたになった。満未が、ぐっと手首を押さえてくる。

「少しは、優しくなりなよ。見た目は無理にしてもさ」

 耳元でささやかれた。満未は体を退いた。そのまま、部屋を出ていく。扉の閉まる音が、響いた。
 相は、ひたすら呆然とその音を聞いた。両手で顔を覆うと、おののくほどふるえていた。

「う……」

 満未の冷たい笑い声が、ずっと耳に残っていた。


1/5ページ
スキ