「もっと可愛い子と付き合いたい」と恋人に嘆かれている【2】


「委員長、お疲れさまです」
「ああ、お疲れ」

 相(あい)はきびきびと仕事をこなしていた。書類の確認や警備のチェックにいそしみ、仲間のことはねぎらい、時間があれば見回りに向かった。

「委員長、最近いっそう迫力増してるな……」
「怖くて近寄れねえ」

 仲間たちのささやきも遠い。この書類が片づいたら、生徒会に行きがてら、もう一度見回りに行こうか。せっせとペンを動かしながら、相は考えた。転校生が泣いていた……あれから顔を見ていないが、何かあったなら、風紀の手落ちだ。

「ちょっと」

 声に、顔を上げれば満未(みつみ)だった。眉を寄せて、相を見下ろしている。相の心臓がどきりと跳ねた。

「なんだ」

 できうるかぎり平静をつとめ答えたが、目がどうしてもこわばった。はあ、と満未がため息をついた。

「仕事中毒は勝手だけど、ペース考えてくれない。皆が休まらないでしょ」

 言われて、相ははたと手を止めた。
 それから、「あ」と心中で固まった。周りを見渡せば明らかに皆、疲弊してぴりついていた。
 またやってしまった。相は悔いる。自分はいつも、ひとつのことで、頭がいっぱいいっぱいになってしまう。

「すまなかった」

 そう言って立ち上がる。
 今日はもう、あがろう。この急ぎの書類を生徒会に渡すだけして――立ち上がろうとして、書類を満未に取られる。

「あっ」
「日下部(くさかべ)、行ってきてよ」

 満未が、日下部に書類を流す。

「あ、すぐに向かいます!」

 日下部は作業の手を止めてすぐに立ち上がった。相はあわてて、満未を止める。

「待て、それくらいは――」

 手をぐい、と引かれた。黙れ、というときの満未の仕草だった。日下部が書類を受け取り、その背を見送ってから、満未が皆に、

「お疲れ、今日は解散」

 と声をかけた。皆は、ほっとした顔で、

「お疲れさまでした」

 と去っていった。皆の開放的な顔に、相は死ぬほどばつが悪くなる。満未が長いため息をついた。

「もう少し周り見て動けば。上の自覚ある? 仕事してればいいってもんじゃないから」

 ぐうの音もでない正論に、黙り込む。

「わかっている。だからせめて」
「全然わかってないから。あのさ、生徒会の書類でしょ。ただでさえ忙殺させてる日下部に、双葉(ふたば)ちゃんとの時間、作ってやろうとは思えないの」
「……あ」

 おっしゃるとおりだ。
 相は黙り込んだ。そう言えば、日下部は最近元気がなかったし、通りすがる双葉の自分への当たりは、きつかった気がする。日下部は、いつも笑顔で相を助けてくれていた。ただでさえ時間の限られた二人に、野暮なまねをしてしまった。

「すまない」
「本当に気が使えないよね。仕事も恋愛もさ」

 ぐさりと来た。
 しかし、ここで泣いては最悪なので、「気をつける」としか言えなかった。満未はいらだったように、髪をかき上げた。

「それももう、やめてくんない。出来てないのに、言われても苛つくだけだから」

 そう言って、去っていった。
 ばたんとドアの閉まる音が立つ。残された相は、うなだれるしかなかった。

「仕事も、恋愛もか」

 そうかもしれなかった。

『別れたいのは山々だけど、円満にしたい』

 満未の言葉がよみがえる。
 自分は、満未が別れたがってることも知らず、ひとりよがりなアプローチをしていた男だ。自分が悪いとわかっていても、あまりにつらかった。
 満未と一緒の時間を過ごしたくなくて、仕事に逃げた結果、これだ。皆に迷惑をかけて何もいいところがなかった。
 落ち込みつつも、相は掃除を始めた。せめて、少しばかりは役に立つことをして、一日を終えよう。
 壁を拭いたり、観葉植物の手入れをしていると、カタンと音が鳴った。

「ん?」

 ぴっと振り返ると、ドアに隙間があいている。きちんとしまっていたはずだ。相はすぐにドアに向かった。

「君は……」

 瀧見(たきみ)が、ドアの陰に立っていた。



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