「もっと可愛い子と付き合いたい」と恋人に嘆かれている【1】


「あ、あの子可愛い」

 見回りをしていたら、隣の満未(みつみ)が浮かれた声を上げた。
 相(あい)は、あちこち視線を巡らせながら、

「仕事に集中しろ」

 と言った。満未は「はいはい」と言いながら、彼らに手を振っている。確かにとても可愛い。満未に顔を真っ赤にして手を振る様子なんて、リンゴの妖精みたいだ。彼らは相を見て、ぎくりと居住まいを正した。

「やべ、委員長だ」

 相は会釈をして、彼らの前を通り過ぎる。

「こわ~」
「威厳ありすぎ」

 可愛い声でのささやきが刺さる。満未が頭の後ろで手を組んで、

「もうちょっと愛想使えば」

 と言った。相は重々しく首を振る。

「俺が弱く見えては、学園全体にマイナスになるからな」

 そういっていっそう気合いを入れた。満未は「やれやれ」とため息をついた。

「可愛くねえの」

 知っている。相は鉄面皮の中で、頷いた。満未はもう一度ため息をつく。

「俺とつきあってる自覚ある?」
「もちろんある」

 むしろ、こちらが聞きたいことだが、相は押し黙った。自分のようなものが言っても、ちっとも可愛くない。

「なら、もうちょっと努力してよね。俺、お前じゃなくてもいいっていうか、むしろもっと上、いけるんだからね」

 ぐさりと刺さった。しかし、相は「努力する」と校内を闊歩した。

 郷田原相(ごうだわらあい)はここ明蘭学園で、風紀委員長を務めている。入学してからずっと、学園の治安を守ってきた。強面の顔と大きな体格は相に威厳を与え、仕事で大いに役立った。怖がられることが多いこの顔が、役立つ日がくるなんて。相はたいそう満足だった。
 そんな相の目下の悩みは、恋人の久玉満未(くだまみつみ)との不和だった。

「で、間地(まじ)のやつがさ、和希(かずき)ちゃんと連れだってね。そのときの秋房(あきふさ)の顔っつったらさ~」

 寮の部屋で、満未が腹筋をしながらずっと話している。相は明日の授業の予習をしながら、それを聞いた。

「まあ、気持ちはわかるよね。和希ちゃんは美人だし。側に置いてるだけで気分がいいもんね」
「人のことを置物のように言うのはよせ」
「歩く石像みたいな奴に言われてもねえ。あ~あ、双葉(ふたば)ちゃんといい、生徒会は華やかでいいよな」

 シャープペンの芯を折ってしまった。なんと古典的だ。ノックしながら、相は気持ち新たに数式に向かう。満未のかけてるBGMの音楽もかき消す勢いで重い気持ちを払い、集中しようとする。

「あのさ」

 満未が声を上げた。明らかにこちらに注意が向いた声で、相はぱっと顔を上げた。振り返れば、満未はあきれた顔で見ていた。華やかな顔に薄く汗が輝いている。朝露を受ける花みたいだった。

「少しは危機感持たないわけ? 自分ももうちょっと頑張ろうとかさ」

 相はペンを握った。

「努力はしている」

 満未は、ため息をついた。

「もうちょっと恋人らしいことするとかさ。あぐらかきすぎじゃない?」
「しているつもりだ」

 本当に。満未は、いっそう不機嫌になって、きれいな顔をぐっとゆがめた。

「できてないし。言っておくけど、俺いくらでも相手いるんだからね。幼なじみの情けって言っても、限度あるから」

 そう言って、部屋を出ていった。また遠野(とおの)のところにでも行くのだろうか。あいつは暴力的なところがあるから、気をつけろと言うのを忘れた。
 相は満未の気配が去ったのを見ると、がくりとうなだれた。

「そんなこと言われても」

 鏡を見る。髪や肌は、整ってきたと思ったんだが、まだ足りなかったか。さわりながら、むなしくなってきた。

「顔立ちは、今はどうにもならない」

 強面の顔のことを言われているならば、万事休す。
 というか十割それな気がするが。爪を磨きながら、相は満未の言葉を繰り返す。

「いくらでも相手がいるんだから、か」

 その通りだ。相はうなだれた。

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