「笑顔が嘘くさい」と言ってきた転校生が恋人の親友になった


 しばらく作業をしていると、ノックの音がする。

「こーんにちはっ!」
「んだ、クソガキ。また来たのか」

 ドアを開けると、転校生が立っていた。確か、瀧見と言った。瀧見は「瀧見っすよ。覚えてくださいよ」と不満げに笑って見せる。覚えてるけど、呼ぶ義理はない。いつまでも、それをわからないらしい。生徒会室を覗き込んで、間地に声をかけた。間地はちょうど、書類を提出しに行こうと、立ち上がっていた。

「ユキトーまだ?」
「ひなつ?」
「待っててもこないからさ。迎えに来た!」

 ぴしり、と。背後で和希が固まったのがわかった。気分がよくなって、瀧見にやさしく声をかけてやる。間地もまた、ドアにやってきた。

「なんだ、約束してたのか?」
「そーでもないっすけど、あっでも、飯はいつも一緒に食うんで!今日の晩飯、ユキトの好きなやつで楽しみだなって言ってたし、来たんす」
「ふーん。優しいんだな」
「友達としてとーぜんっすよ!」

 ぽんぽんと丸い頭を撫でてやると、ぱっと顔を明るくした。間地は、すっとドアを潜り抜け、廊下を歩きだす。その背に、声を投げかけた。

「ユキトッ。はやくいかねーとなくなっちまうぞ!」
「先行っててくれ。あと、ここは立ち入り禁止だぞ」
「えー。仕方ねえなあ。じゃあ、とっといてやるよ」
「瀧見さん」

 耐えきれなくなったのだろう。和希が立ち上がって、秋房と瀧見の方へやってきた。平静を装った笑顔の裏に、どれだけの不快がつまっているか、秋房にはわかる。ぞくぞくする気持ちで見た。

「たいへん恐縮ですが、生徒会室は、生徒会のもの以外は立ち入り禁止なんです。御用があるなら、メッセージを送るなどしてくださいね」
「すんません。……でも、俺、入ってないです」
「そーだぜ、細かいこと言うなよ」

 秋房のフォローに、瀧見が顔を輝かせる。

「さっすが、会長さんは話わかるっすね!」
「まーな」
「話をしている時点で入っていると考えます」

 和希はやわらかに、しかしはっきりと告げる。完璧な笑顔を顔にのせて、続ける。

「生徒会は狭き門なのです。椅子を争った者たちに、示しがつきません。どうかご理解を」

 瀧見は唖然として、それから釈然としない顔で、「はい」とうなずいた。和希は、満足げにうなずいた。秋房は、鼻で笑う。

「和希~。おためごかしよせよ。間地にかまってほしくねえだけだろ?」

 和希の目の奥が、ぴしりと揺れた。瀧見は「えっ」と声をあげる。

「そーなの?」
「そうだって。こいつ、結構恋愛脳だから」
「へー、なんか意外!かわいいとこあるんすね!」

 嬉しそうにはしゃぐ瀧見をよそに、和希は「違います」と、否定する。その声はいつもより、ずっと感情的だった。

「僕はただ、ルールの話をしていて……」
「だから、トップの俺が許してるだろ?和希ちゃん」

 肩を抱いてやると、和希は、「離してください」と、押しのけた。和希は身を守るように抱いて、顔をそむける。明らかに動揺していた。
 瀧見は、戸惑った顔で、「和希さん」と声をあげる。

「そんなむきにならなくても。いいじゃないすか。やきもちくらい、皆やくし……」
「やきもちじゃなくて、公的なことを話してるんです」
「なんでそんな隠すんすか?はっきり言われた方が、皆すっきりするし、むしろ好感持てるっていうか……」

 和希の顔が青ざめた。なにげなく触れた左手が、右腕の内側をぎゅっと握ったのが見えた。

「とにかく、ここは立ち入り禁止なんです」
「……はーい」

 しぶしぶといった様子で、瀧見は引き下がった。廊下の角を曲がるのを見て、和希がドアを閉めようとした瞬間、瀧見が「あの」と振り返って声を上げる。

「ユキトのこと、ちゃんと好きなんすよね?」

 和希の背がぴしりとこわばる。

「俺は、ユキトの友達なんで……ほんと、頼みます」

 そう言って、去っていった。和希は、つよく扉を閉めた。行き場のない気持ちを落ち着けようと、唇を浅く噛んでいた。きれいな顔だ。秋房はうっとりとその顔を見た。頬に手をやると、びくりと身を跳ねさせる。逃れようとしたところを、ドアに手をついて、行き場をふさいでやった。

「どいてください!」
「ご機嫌斜めだな、和希ちゃん」

 顔を覗き込むと、強くそらされる。和希は顔を腕で隠していたが、しばらくして秋房を見る。やわらかに秋房を見返しているが、動揺が奥に見えた。

「今日の会長は、いちだんと意地悪ですね。僕などには手に負えませんよ」
「すましてんなあ。さっきまで、嫉妬まみれの汚え目してたくせに」

 目の奥が揺れる。熱を持った頬をそっと手の甲で撫でてやる。和希は秋房の胸を押し、囲いから抜けようとした。秋房はがしりと抱きしめる。和希は、必死にもがいた。

「やだ!やめてください……!」
「そうそう。いつもそうやってろよ。そっちのがずっと可愛いぜ」
「離してください!お願いですから……!」
「可哀そうになあ。一緒に帰るって浮かれてたのに、簡単に場所とられて」
「――っ、やめて!」
「嫉妬まみれの顔、最高だったぜ。あれこそ皆見和希だな」

 和希の顔が、泣きそうにゆがんだ。秋房は満足げに笑い、顔を近づけた。

「だから、立ち入り禁止だって!帰れ!」
「もう終わるんだろ!話してえことあって――」

 声がして、ドアがあいたのはその時だった。

「幸人……!」

 間地と、間地の袖を引っ張る瀧見が、立っていた。

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