「笑顔が嘘くさい」と言ってきた転校生が恋人の親友になった


 幸人は、和希のぬくもりを感じながら、こみあげる気持ちを必死におさえていた。
 好きと言われた。和希に。大好きだって、離れないでって。
 なにも、初めてのことではない。けれど、自分が寝ているときに言ってくれるなんて。それは、まさしく本心ではないか。嬉しくて、ぎゅっと和希を抱きしめる。体温の低い体は、自分と熱を分け合って、いまふわりと温かい。和希は、安堵の息を漏らして幸人にぴったり寄り添った。
 ――かわいい。愛しくて仕方なかった。

 中等部一年のころだ。和希が幸人のクラスにやってきた。
 ちょうど昼休みで、教室の扉の前で、誰かを探すしぐさをしている。誰に会いに来たのだろう。幸人は学友たちの声が、一気に遠くなるのを感じていた。和希の目が、定まるのを待たず、幸人は飛び出して、声をかけた。

「皆見。どうしたんだ?」
「間地君」

 和希は幸人を見て、顔をぱっと明るくした。少なくとも幸人にはそう見えて、胸が高鳴った。幸人は親切な学友を装って、尋ねる。

「誰かに用か?呼んでくるよ」
「あ、ありがとうございます……」

 幸人の問いに、和希はほんの少し、口ごもった。流れるように話す和希らしくない。自分に知られたくない相手だろうか。じっと見ていると、和希はそっと自分を見つめた。

「その、僕は間地君に用があって」
「えっ」

 幸人は驚きの声を上げた。自分に?胸が、高鳴るどころではなく、ドキドキする。平静を装って、尋ねた。

「そっか。どうしたんだ?」

 それには、和希が困った顔をした。白い顔がほのかに赤く染まる。和希は言葉を探していたが、観念したのか、恥ずかしそうに言葉を紡いだ。

「すみません。用はないんです……ただ、その、僕が間地君に会いたくて」
「えっ」
「だから、その……」

 言いながら、だんだん声音が弱っていく。それから、和希は「すみません」と、急いで踵を返した。いつもきれいな所作の、和希には珍しい、あわてた挙動。幸人はしばし惚けていたが、我に返り、その手をつかんだ。

「あっ」
「行かないで、皆見」
「間地君」
「嬉しいな。俺のこと、気にしてくれたんだ」

 このころは、まだ知り合ったばかりで――幸人は毎日のように、和希のクラスを訪ねていた。あんまり詰めるので、呆れられてしまうかと思うくらい。今日はたまたま、友人のひとりの課題が終わらなくて、面倒を見ていたのだけれど、まさか和希から来てくれるとは思わなかった。和希は真っ赤になって、「はい」とうなずいた。

「ありがとう。俺も、皆見がどうしてるかなって思ってた」
「間地君……」
「二人で話したいな。行こう」

 手を引いて、和希を廊下のはずれまでつれていった。和希は、幸人の学友たちを気にしていたが、幸人は「大丈夫」と笑った。学友たちは後でフォローすればいいけど、和希が会いに来てくれた瞬間は今しかない。
 ずっと繋がれたままの手を、和希は恥ずかしそうにしていたけれど、そっと握り返してくれた。幸人の胸はいっぱいだった。

 ずっと変わらない。和希の心の中に、自分がいると思うだけで、幸人は幸せでおかしくなる。こんな感覚は、和希以外にありえなかった。

「和希。ずっと、俺はお前のものなんだ」

「離れないで」もない。お前がいないと俺は生きていけないんだよ。
 自分の抱える気持ちすべて、和希の中に流れ込んだら、和希は溺れてしまうだろう。それくらい、愛してる。お前は、そうしたら――それでも俺にすがってくれる?
 首筋に唇を寄せる。和希の血の音が、伝わってくる。それだけで、どうしようもない。幸人は、体中で暴れる気持ちを、理性でもって抑えた。全部受け止めてほしい。でも、きっと今じゃない。

「好きだ、和希」

 ささやいたとき、――玄関のドアを、激しくたたく音がした。あまりのけたたましさに、和希もぱっと身を起こす。

「なに――」
「和希」

 幸人は和希を庇うように抱きしめた。そのとき、鍵が開く音がして――扉が、大きく開かれた。


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