「笑顔が嘘くさい」と言ってきた転校生が恋人の親友になった
朝、ふたりで学食に向かう。幸人が、「やっぱり休むか?」と、何度も心配してくれるので、和希はくすぐったかった。そっと身を寄せると、腰を抱き寄せてくれた。
「ユキト!」
瀧見が、入り口の前に立っていた。きつい表情で、通さないというように、仁王立ちしている。和希は知らず身を固くしたが、そっと幸人に庇われて平静を取り戻した。
瀧見はその様子に、目を吊り上げた。
「ちゃんと話し合ったのか?」
「お前には関係ない」
幸人はばっさりと切り捨てた。その勢いに、和希も思わず幸人を見る。幸人は、和希を見つめて、苦笑した。そして、瀧見に向き直る。
「ひなつ。お前は、和希にいつも世話になってたよな」
「……そうだけど、それとこれとは」
「俺は、お前なら和希のこと、信じてくれると思ってた」
「そうだけど!でもっだからこそってあるだろ⁉」
「さあな。とにかく、今俺はお前にがっかりしてて、色々気持ちの整理をしたい。だから話しかけないでくれ」
いこう、和希。
そう言って、幸人は、和希を促した。和希は、戸惑いながらも、幸人についていった。
「あの、いいの?」
「なにが?」
「だって、瀧見さんとは、すごく仲良しで……」
「だからこそ、腹が立つことってあるだろ。それに、俺はお前の心の方が大事」
熱い目でじっと見つめられ、和希は真っ赤になる。自分のために、優しい幸人が。そう思うと、死ぬほど申し訳ない。なのに、すごく嬉しかった。
瀧見が、「ユキト!」と追いかけてきた。
「納得できない!そうやって閉じてって、何がしたいんだよ!」
怒鳴って、瀧見は和希をにらんできた。
「和希さんも何とか言えよ!あんたのために、幸人は世界狭めてるんだぞ!」
「それは、」
「俺が決めたことで、和希に当たるなよ。これ以上がっかりさせんな」
「……っ!」
幸人の冷たい声音に、和希はぐっと気合いを入れた。幸人は自分のために、友人との仲を悪くしているのだ。なら、自分だってちゃんと、矢面に立たなければ。
「瀧見さん、僕は幸人の気持ちをありがたく思います。ですから、どうかご容赦ください」
瀧見は目を見開いた。悲し気に目を潤ませて、「なんでだよ」と叫んだ。
「なんで、和希さんは、いつもそうなんだよ!そうやっていつも本音から逃げて、体面ばっかりで……!そんなに人を見下して、拒絶して、なんになるんだよっ!ひとりぼっちになるだけじゃねーか!」
心臓から、氷のトゲが、体中に巡った気がした。体の芯から、震えが走る。いつもなら、かわせるはずの言葉が、昨日、あんなことがあって――深く刺さった。思わずうつむいたとき、幸人がぎゅっと和希の手を握った。
温かさに、和希は、自分の体に、血が巡りだしたのを感じる。そっと安堵の息をついた。体にびっしりと冷や汗が浮いていた。
「いい加減にしろ」
「ユキト!お前も恋人なら、ちゃんと言ってやれよ!それともお前が好きなのは、この人の外面なのか⁉」
「黙れって言ってる」
幸人の声が、低くなった。
和希は怖くて、凍えて仕方なかった。幸人が怒ってくれているのに、目の前がくらくらする。幸人がぎゅっと、抱き寄せてくれた。「大丈夫だ」と、和希を伴って、部屋に戻ろうとする。瀧見はひかなかった。ぐっと拳を構えて、「くるならこいよ!」と追いかけてくる。
「皆見!こんな風に言われて悔しくねえのか!心があるなら、反論してみろよ!」
「うう……!」
「仮面野郎!大ウソつき!なんとか言えよ!」
過去に言われた言葉が、リフレインする。ぐるぐる回って、頭の中を乱した。和希の固く閉じた目から、涙がこぼれた。立っていられなくなって、うずくまる。幸人が、しゃがみこんで、抱きしめると、そっと和希を抱き上げた。目じりに、そっとキスされる。
「大丈夫だ。俺がいるから」
「ごめんなさい、」
「和希は何も悪くない。大丈夫だよ」
震える手が、自分でも呆れるほどに冷たい。幸人に迷惑をかけている。そのことが恐ろしかった。見られたくなくて、顔を隠していると、服のすそを引っ張られる。おそらく瀧見だ。何か、叫んでいる声が聞こえるが、何故か聞こえなかった。
気づけば、自分の部屋に戻ってきていて。
幸人と二人きりだった。和希の手を、顔からそっと外した幸人は、悲しい顔をしていた。
「ごめんな。もう大丈夫だから」
「ゆきと、」
「本当に、ごめんな。二度とこんな目にあわせないから」
そう言って、額に口づけられた。「う、」と涙がぼろぼろ落ちた。みっともない。そう思うのに、止まらなかった。ぎゅっと抱きしめられて、すがりつく。
優しさが、怖くて仕方なかった。
◇
それまで和希は、幸人といることに、不安なんてなかった。ただ、幸人を思っているだけでよかった。幸人はきっと素敵な恋人を作るんだろうけど、ずっと思っていられる。そう思っていた。
けれど、幸人と恋人になってから。和希の心に、不安が押し寄せるようになった。
それまではずっと、平行線でいられた関係だけど、思いあってしまったら。結び合ってしまったら、いつか離れてしまうんじゃないか、そんな恐怖がやってきたのだ。
大好きすぎて、幸福すぎて――不安になるなんて、あまりに信じられない、贅沢なことだ。
幸人の腕の中は、泣きたいくらいの幸せと、未来への不安を和希に与えた。
なのに、離れたくなくて。気持ちも止められなくて。
どうしたらずっと、幸人と一緒にいられるのか。
和希には、どうしてもわからなかった。
幸人に、嫌われたくない。そんな切羽詰まった思いだけが、和希の中で膨れ上がっていた。
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