「笑顔が嘘くさい」と言ってきた転校生が恋人の親友になった
「ユキトー!」
窓から身を乗り出して、
変声期を経てなお高い声は、グラウンドに心地よく抜けていく。周囲の人間も、彼に目を奪われ、足を止めている。
その姿をみとめて、和希はぎゅっと胸が切なくなった。
「馬鹿!危ねえぞ、ひなつ!」
視線の先の彼――
幸人の夏の光を受けたまばゆい茶髪は、金色に透けていた。
綺麗だな。和希は思わず見惚れる。幸人は本当に光が似合う――そして幸人の、髪と同じ色素の瞳を、独り占めする瀧見に、胸の奥が痛くなるような嫉妬を覚えた。
「だったら早く来てくれよー!腹減って死にそう!」
「わかった、わかったから、戻れ!」
瀧見は明朗に、身を乗り出したまま、桟の下の壁をばんばんと叩く。幸人はいっそう焦り、瀧見に体勢を戻すように言う。
「おーっと!」
瀧見はけらけら笑って、わざと身を乗り出した。
それには、わあっと周囲からも恐怖と心配の声が上がる。和希は、速足で瀧見のもとに向かうと、彼の背に手を伸ばした。むんずと瀧見の制服をつかんで、こちら側に引き戻す。
「わっ……と!」
「危ないですよ、瀧見さん」
「す、すみませんっ」
「友人の心配は、ちゃんと聞きましょうね」
瀧見を叱りながら、和希の胸の中はやましさでいっぱいだった。
瀧見のしたことは、おふざけでは済まないのだから、自分の言葉は間違ってはいない。けれど、こうして怒るのには私情が入っていたからだ。
自分の恋人に、往来で声をかけて、あんな風に甘えて心配されて、うらやましくて、腹が立った。
さっき止めたのだって、助けたのではない。危険な目にあわれたら、たまったものじゃなかったからだ。優しさからじゃない。
「すみません、和希さん」
瀧見は素直に聞いて、しゅんと身を小さくした。美しくも少年らしいはつらつとした気風のある容姿をしている瀧見だが、そういうしぐさをすると、まるで小動物のように愛らしかった。
周囲も、かわいい子犬を見るような目で、ため息をついていた。
和希だって、本来なら可愛いで済ますだろう。しかし、そういうところさえ鼻についた。
「わかってくださったら、いいんです」
和希はにこ、と笑みを浮かべ、説教を切り上げた。これもまた、見栄かもしれない。
あんまり長く叱ると、副会長は、嫉妬して転校生に絡んでいると思われることを、危惧しての。
「ありがとな、和希」
「いえ、当然のことです」
やってきた幸人が、笑って和希に礼を言う。和希はその笑顔を見て、一気に気持ちが柔らかくなるのを感じていた。にこ、と自然に笑みがこぼれる。
幸人は全速力で走ってきたのだろう。日焼けした肌に、うっすら汗がにじんでいた。颯爽とした笑顔に、和希は見惚れる。
幸人は、瀧見の頭に軽く手刀をいれた。瀧見が、「いてっ」と、頭をおさえ、目をつむった。
「ひなつ。お前も和希に礼を言えよ。命の恩人だぞ」
「お、恩人ってそんな大げさな……」
「ひなつ」
「はい。ゴメンナサイ。ありがとうございます」
「よし」
満足げに笑って、幸人は瀧見の頭をぽんぽんと叩く。瀧見は褒められた子供のように、「へへ」と誇らしげだった。周囲もまた、彼らのやりとりを微笑ましく見つめる。
和希は一気に、自分の機嫌が急降下するのを感じた。さあっと胸に這い上がる嫉妬を押し殺し、それでも和希は「いえ」と、笑った。
瀧見は、そんな和希の顔を見上げて、釈然としない顔をした。和希は踵を返す。
「では、僕はこれで」
「ああ。またな、和希」
「えっ、行っちゃうんすか?どうせだから一緒に……」
「恋人の交友関係に割って入るほど、無粋ではありませんから」
和希は肩越しに振り返り、笑む。余裕ある、美しい笑顔を心がけた。そして今度こそ、その場を後にした。
本当は、ずっと張り付いて見ていたかった。それが青あざを押すような、悪趣味な行動だとしても、こうして一人、「今何してるんだろう」と、吐きそうな嫉妬の気持ちを押し殺すよりは。
けれど、それでも、和希は去った。
幸人にみっともないところは、見せたくなかった。
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