本編

 翌日、隼人は早起きをして、コンビニに寄った。お気に入りのチョコ菓子と、おせんべいをひとつずつ買うと、用意してきた紙袋に入れた。

「喜んでくれるかな?」

 どきどきとわくわくの気持ちがないまぜになっている。ふんふんと鼻歌を歌いながら、隼人は学校に向かった。
 いつもより早く着いた学校。校舎の中はしーんとして、どことなく暗かった。
 隼人はひとり、廊下を歩く。自分のクラスであるE組の扉に手をかける。話し声が聞こえた。こんな早くに、もう誰か来てるんだ。隼人はさして疑問に思わず、扉を開けた。

「きゃっ」
「うわ!」

 高い悲鳴があがったのと、隼人が小さく叫んだのは同時だった。窓際で、オージとマリヤさんが、キスをしていたのだ。
 ちょうど扉に背を向けていたマリヤさんは、扉の音で振り返ったらしい。顔を真っ赤にして、オージの胸に隠れた。どうやら、泣いてしまったようだ。
 オージは、彼女の背に手をやってあやしていた。隼人はあまりの状況に、体が石のように固まっていたが、そこで我に返った。

「ご、ごめんなさい!」

 きびすを返し、去ろうとする。その一瞬、オージの冷たい目とかち合う。

「とことんクズだな。消えろよデバガメ」

 うわあああ。
 来た道を走り引き返しながら、隼人は心のなかで叫んだ。頭の中でひらがながぐるぐる回っている。
 そういえば、オージは生徒会に入っていて、朝が早いんだっけ、とか。
 マリヤさん、合わせて早くきてるのか、とか。
 色んなことが頭を巡っては消えていく。
 実際、教室のことだから、隼人に罪はないのだが、隼人はマリヤさんの真っ赤な泣き顔が、頭から離れなかった。

「どうしよう。恥ずかしい思いさせちゃった」

 女の子を泣かせるなんて。隼人はずーんと落ち込んだ。まして、マリヤさんは、隼人にとって、すこし特別な女の子だった。

阿部海里夜あべまりやさん、好きです! 僕と付き合ってください!」

 中学一年の冬、隼人はマリヤさんに告白した。
 マリヤさんは、「優しい子」といえばまず名前の上がる、笑顔の素敵な女の子だった。皆がそうなように、隼人にとっても、憧れの存在だった。
 彼女への思いを書き出して、ハヤトロクは始まったのだ。
 マリヤさんは夜のお姫様で、隼人は星だった。話すことはできないけど、お姫様の笑顔は遠くの星にも届いてる。そんな気持ちだった。
 けど、二学期にマリヤさんと同じ図書委員になって、話す機会が出来た。

「隼人くんって話しやすいね」
「そ、そうかな!」
「うん。私、隼人くんといるとほっとする」

 話してみるとマリヤさんはやっぱり素敵な女の子で、隼人は当番の日の図書室が、一番好きな場所になった。
 星とお姫様も、毎日お話していた。そして星は、お姫様と同じ、人間になりたいと願うようになった。
 そして隼人は、最後の当番の日、勇気を出して、告白をしたのだ。

「ごめんなさい。そういうの考えてなくて……」

 マリヤさんは、隼人の告白を断った。いつもどおり、丁寧で優しい口調だった。
 けれど、彼女の顔は困惑に満ちていて、隼人は自分が「また」間違ったのだと悟った。
 昔から、自分はどこかずれていて、人を困らせてしまうところがあるから。
 隼人は「わかった」と笑って頷くしか出来なかった。
 それきり、マリヤさんとは疎遠になってしまい、すれ違っても避けられるようになった。
 
 とぼとぼと、廊下を歩く。思い起こされるのはさっきの光景だった。

「阿部さんと、藤貴くん、付き合ってるんだものな。当たり前か……」

 マリヤさんと高校二年で、また同じクラスになった。そのときに、マリヤさんは、すでにオージと付き合っていた。
 中学の時、すごく優しかったマリヤさんが、今自分にすごく冷たいのは、果たしてユーヤへの友情だけなのだろうか。自分の過ちのせいではないのか。そう思うと、またつらいところがある。
 隼人はしょんぼりと、鞄の中の紙袋を見下ろした。また、自分は間違うところだったのかもしれない。

「そうだよね。小説で仲良くったって、実際は違うんだ」

 龍堂くんも、いきなり話しかけられて、困るかもしれない。隼人はすっかり意気消沈していた。
 渡す前に気づいてよかった。
 そうして隼人は、始業時間まで、ふらふらと学校中をさまよっていたのだった。
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