本編


「……支倉」

 人だかりの向こうから、声が届いた。オージだった。どこか、呆然として、ケンを見ていた。ケンは、オージを見て、ユーヤに向き直る。

「それで、イーブンだろ。俺たちはダチなんだから」
「ケン……」
「ちゃんと謝れよ。ユーヤ」

 ケンは、しゃがみこんで、ユーヤと目線を合わせた。ユーヤは、目をうるませ、「うう」と震え出した。「うわあああん」と、突っ伏して泣きだした。

「嘘つきっ!どーせあとでまた、ハブるんだろ⁉」
「ハブにはしねえ。お前とダチやめるときは、ちゃんと言う」
「それじゃ、意味ねえんだよおおおっ!わあああ……!」

 ヒロイさんとマオが、顔を見合わせた。疲れたように。けれども、ケンを見て、静かに黙っていた。

「オージだって、俺を裏切ったんだ!ずっと面倒見てきてやったのに、俺をぶって……!信じられるわけ、ねーだるぉおおおーッ⁉」

 隼人は、目を見開いた。ケンたちも、驚きに目を見張っている。まさか、あのフジタカが。そんな気配に満ちていた。ユーヤの腫れた頬の理由が、明らかになる。
 自然、オージに視線が集まる。オージは、気まずそうに黙り込んだ。いつもの冷然とした雰囲気からはかけ離れた、少年らしい表情だった。目元の赤みを隠すように、オージはうつむいて、「そうだ」と言った。

「もう、悠弥にはついていけないと思った。だからこれきりだ」
「わあああーっ!」

 悠弥は腕を振り回して、泣いた。頬が痛むのか「てっ、うう」という呻きを交えながら。隼人は二人を交互に見た。隼人は、オージを見た。それから、思わず尋ねた。

「どうして?」

 オージが隼人を見た。オージの気まずそうな顔に、隼人は、首を振った。

「責めてるんじゃないんだ。ただ、藤貴くん、すごく一ノ瀬くんのこと、大切にしてたじゃない」

 思い返すのは、クラスでユーヤのために怒ったオージ――そして、あの保健室での二人の様子である。應治は神様に誓うように、ユーヤのもとに跪き、手を握っていた。それに、嫌っていたはずの自分に、頭を下げてくれた。
 いったい、何があったんだろう。隼人の問いに、オージは自嘲した。

「お前に話すことじゃない」

 オージの言葉に、周囲から落胆の気配がした。それに対し、オージもまた、軽蔑の気配を出す。隼人はというと、確かになと思った。自分とオージは友達ではない。話せないこともあるのだろう。隼人は「そっか」とうなずいた。それきり黙り込む。
 教師たちがここがタイミングだというように、入ってきて「教室に戻りなさい」と叫んだ。
 みな、納得のいかない顔をしながらもその言葉にならった――その時だった。

「オージ君のせいだからだよ」

 可憐で――冷たい声が割って入った。マリヤさんが能面のような顔で、立っていた。

「オージ君が、隼人君のノート、ばらまいたの。それが関係してるんでしょ?」


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