本編
だめ‼――そう、隼人が叫んだのと、音が響いたのは、同時だった。
「あ……」
ケンが、龍堂の拳をその手で受け止めていた。衝撃と痛みに顔をひどくしかめて、手を振り、かばうようにもう一方の手で握る。ユーヤが「ケン」と、涙にぬれた目で、ケンを見上げた。ケンは、苦い顔で見返す。
「もう、やめろユーヤ。お前の負けだ」
「ぇ……」
「こいつらはダチなんだ。これ以上、ダセエ真似すんじゃねえ」
見てられねえ。
ケンはそう言って、顔をそらした。人だかりの向こうで、マオとヒロイさんが、呆然とケンを見ていた。人だかりの向こうから、教師がやってくるのが見える。
ユーヤは、膝をくずおれさせ、「あああ」と声を震わせた。ぽろぽろと涙をこぼす。痛みを思い出したように、はれた頬をおさえた。
「なんでっ……なんで、おればっかり……!」
わああ、と地面に突っ伏して泣く。ケンは、渋い顔をしてけれども、そこから去らなかった。
「なんで、なんでっ!おれ、こいつにいじめられてたのにっ……つらかったのにっ!」
ばんばんと地面をたたく。隼人をさして、わあ、と喚こうとして、また頬をおさえた。隼人は、言っていいものか悩んだが、意を決して口を開いた。
「俺はいじめてない」
「陰口叩いただろ!おれのことうざいって!おれっ、仲間にいれてやってたのにっ……!」
ケンは気まずそうに、顔をしかめた。それから「ちがう」と言った。
「それは、俺が大げさに言った。こいつが俺らに反抗するのが気に入らなかったから」
「え……」
「あの時は俺も、こいつにムカついてたから。悪かった」
ユーヤはぽかんとした。ケンをじっと見上げる。ケンは、ユーヤを見下ろして、つづけた。
「中条はお前をいじめてない」
「でもっ」
「むしろ、俺たちだろ。中条のこと、ずっといじってたのは」
ユーヤが息をのんだ。そして、「違うっ」と叫んだ。
「仲間に入れてあげてたんだっ!ボッチで可哀そうだったから!なのに……っ!」
ぽろぽろと、また涙をこぼした。本当に、悲しげな涙だった。ばんばんと地面をたたく。
「皆うざがって!おれのこと調子のりとかっ、うぜーとか言って……!」
「ユーヤ、」
「テメーらのがうぜーのにっ……!人の好意をありがたがって受けねーからっ、だからボッチなのに……っ!」
ケンはユーヤの言葉に、押し黙る。それから固く目を伏せると、言葉を吐き出した。
「それは俺も思ってた。けど、違ったんじゃねえかと、思う」
ケンが、龍堂、マオ、ヒロイさんを見る。そして、じっと隼人を見据えた。
「相手だって気持ちがあるってこと、俺は考えてなかった。だから中条にもムカついた。俺が、話してやってんのに、バカにしやがってって」
「支倉くん」
「俺が、中条をバカにしてただけなのによ」
ケンの拳は震えていた。今こうして皆の前で、自分の気持ちを吐き出すことに、すごく堪えているのが、はっきりわかった。「ケン」ヒロイさんの声が届いた。
「悪かった。全部、俺のせいだ」
「支倉くん」
ケンは頭を下げる。たまらず、と言った調子でマオとヒロイさんが駆けだしてきた。涙声で、「やめてよ」と言った。ケンの腕を引っ張る。
「なんで全部自分のせいにしようとすんの!?うちらでやったことじゃん!」
「そーだよ、かっこつけてんじゃねえよ!」
「アンナ、マオ……」
マオは、ケンの胸をどんと打つ。ケンは、二人の涙を見て、自身も何かを堪えるように、黙り込んだ。ヒロイさんが、「ごめんなさい」と隼人に頭を下げる。
「調子のってたと思う。謝ってすむことじゃないけど……」
「ごめん……」
マオは、苦い顔でつぶやく。「正直、お前のことはムカついてるけど」と言う。ヒロイさんが、「マオ」とたしなめた。
「友達にだけ、頭下げさせるほど、俺は薄情じゃない」
マオはそう言って、頭を下げる。首まで、真っ赤になっていた。隼人は、三人をじっと見つめた。龍堂が、そっと隼人の隣に立っているのがわかる。隼人は、自分の気持ちも、周囲の空気も、すがすがしい何かに変わっていくのがわかった。
「いいんだ。俺こそごめん」
「なんでお前が謝んだ」
「うまく言えないけど……相手に気持ちがあるなら、俺も自分の気持ちだけだったかなって」
正直、嫌だったし困った。時をもどしてうまく反応できるかは、わからない。
でも、今こうして話しているように、話すことは、もしかしたらできたかもしれない。あの頃、ケンやマオ、ヒロイさんが、友達想いであることは知らなかった。そして、隼人は、それを知られてよかったと思う。それなら、何かべつの形があったんじゃないか、そんな風に思うのだ。いま龍堂と一緒にいるから、わかるのだ。自分も、どこか閉じていたと。隼人は、ニコッと笑った。
「ありがとう。謝ってくれて嬉しい」
「はは……むかつく~」
「やっぱ俺、お前のこと嫌いだわ」
ケンとマオ、ヒロイさんから、思わずと言った風に、笑いがこぼれた。周囲も安心した風に笑い出す。隼人も笑って、龍堂を見上げた。龍堂も隼人の肩に手をそえ、優しい目で隼人を見つめた。教師たちも、入るタイミングを逸したように、じっと輪から外れてみていた。
「なんっでだよ……なんでそいつばっかり……!」
ユーヤがばしん!と地面をたたいた。痛みにしびれたらしく、「うう」と背筋を震わせる。
「おれは馬鹿になんかしてねーのにっ!それって、お前らが俺をはめたんじゃんかっ!」
「はあ!?」
「なんでいつも俺だけっ!お前らのいじめに巻き込むなよお!」
ヒロイさんが唖然とする。マオが「ふざけんなよ!そもそもユーヤが……!」と言った。周囲からも、口々に「いい加減にしろよ!」と声を上げる。ユーヤは顔をくしゃくしゃにして、「ふええええ」と泣き声を上げる。
「なんでおればっかり損してっ……!そいつばっかり得してっ!皆シネっ!うわああああああ……!」
ケンが、意を決したように、「中条、先に謝っとく」と声を上げる。ユーヤは、「リュードー、リュードー」と叫んでいた。
「ユーヤ、バレーの時は悪かった」
そう言った。あたりがざわつく。マオとヒロイさんも、信じられないように目を見開いた。
「ケンカはダチで当然とは思うけど、あんときはダサかったと思う」
「ケン……」
「お前らも」
マオと、ヒロイさんは、苦虫をかみつぶしたような顔で、「ごめん」と言った。ケンはうなずき、ユーヤに向き直る。ユーヤは「ケン……」と目をきらきらと瞬かせた。
「だから、ユーヤ。お前も、マオとアンナに謝れ」
「え」
「フジタカにもだ。お前ばっかりとはいかせねえよ」