本編
「なんっだよそれえ!俺のこと、弄んだのかっ!?」
空気が割れんばかりの大声だった。ユーヤは怒りに燃える目で、龍堂をにらみつけた。その目から、ぼろぼろと涙がこぼれだす。びしっと隼人をさして、怒鳴った。
「リュードーのためにっ俺、怒ってやったのに!助けてやったのにっ!こんなゴミ相手に、なにいきってんだよおお!」
地団太を踏み、にらみあげる。ユーヤの目も顔も真っ赤だった。
「リュードーが俺のこと裏切ったっ!友達だったのに!わああああっ!」
「ユーヤ!」
龍堂が口を開くより早く、オージがユーヤを制する。ユーヤは「わあああん」と泣きながら、オージに背を預け、体を頑是ない子供のように揺らした。それから前につんのめり、隼人を憎悪のこもったまなざしでにらみつける。
「ショーキにかえれよリュードー!そいつに騙されてるんだっ!」
そして、再度、隼人を指さした。
「そいつはひどい奴なんだぞ!俺のこと嫌いでっ……そいつ、ずっと嫌がらせしてきたんだ!」
しゃくりあげながら、ユーヤは隼人に血走った眼を向けた。歯をぎっとむき出しにして、食いしばったすきまから、ぴっと唾が噴き出した。隼人は、「違う!」と叫んだ。
「何が違うんだよっ!?どーせ悪口吹き込んだんだろ!?このゴミやろうっ!リュードー!だまされちゃだめだっ!」
「中条は――」
「ユーヤ、もうやめろ!」
龍堂の言葉を遮り、オージがユーヤを制した。ユーヤは、「あああ!」と、後ろに飛び、オージの手を跳ね飛ばした。
「うるさいっうるさいっ!マリヤと付き合ってるくせに!犬は黙ってろよおーっ!」
オージの顔から色が消えた。マリヤさんが、「あ……」と声をあげた。歩み寄り、「オージ君」とオージの手に触れる。ユーヤはそれを見て、顔をどす黒く紅潮させた。両腕をぶんぶんとふりまわす。
「どいつもこいつもきめえんだよっ!シネーーーッ!」
「――いい加減にしろよ!」
鋭い声が割って入った。ケンだった。マオとヒロイさんも、ついで怒鳴る。
「さっきから、意味わかんないこと言って、割ってくんなよ!」
「つーかキモいし!うちらはそういうこと言ってんじゃないから!」
ユーヤはあんぐりと口を開いた。目を瞬かせた拍子に、涙が散る。
「は……」
「俺らは、龍堂とかどうでもいいんだよ!俺らのことで怒ってんの!」
「からあげと龍堂がどうとか、まじ関係ないから!よそでやってくんない!?」
シーンと辺りが静まりかえった。オージが、ユーヤを後ろから抱えて、下がろうとした。ユーヤは呆然とされるがままになっていた。隼人は流れについていけず、ひたすらぽかんとしていた。ケンと目が合う。ケンは、ばつが悪そうに細め「俺らも行こう」とマオとヒロイさんを促した。
「もうどうでもいいだろ。これ以上はダセエ」
マオとヒロイさんは苦い顔をして――そして、「まあ、許したわけじゃないけど」と押し黙った。
気まずい静寂が、あたりに満ちる。
「行こうぜ。始業式だろ」
ケンの言葉に、時が動き出す。皆、あわてて準備を始めた。扉に向かう生徒たちの背を見て、そして、隼人は、龍堂を見上げた。龍堂は頷いた。それから「ごめん」と小さくささやく。それに、目を見開いた時、龍堂は顔をあげ、口を開いた。
「一ノ瀬」
意外の言葉に、クラスの皆が、また固まり振り返る。
ユーヤは、はじかれたように顔を上げた。それから、ぱちぱちと目を瞬かせ、辺りを見渡す。それから、口角を釣り上げた。びゅん、と龍堂に駆け寄った。
「なにっ?リュードー!でも正直、俺怒って――」
「ぼくは君と友達だったことは一度もない」
静かな声だった。しかし、辺りにきれいに響いた。ユーヤは笑みをかたどったまま、「え」と言った。龍堂は、続ける。
「中条は君の言うような人間じゃないし、君のことをぼくに話したこともない」
「龍堂くん」
真摯な声に、隼人は胸の奥がじんと熱くなった。龍堂の信頼に、言葉が出ない。かみしめるように、隼人は握った拳を胸に当てた。
龍堂は隼人を優しい目で見つめ、それからまた、ユーヤに向き直る。
「中条への侮辱は許さない」
「あ」
「二度目はない」
ユーヤの声は動揺のためか、いささか舌足らずだった。龍堂の声は静かだが、気迫に満ちていた。
その声に、隼人もどきりとする。
「ごめん」――先の言葉の意味が、ふと隼人の中に降りてきた。
自分に起こったことすべて、やっぱり龍堂は、わかっているのだ。その上で、知らないふりをしていてくれた。ずっと、ずっと――隼人の矜持を傷つけない為に。そして、今、龍堂は戦ってくれている。他でもない、隼人のために。
改めて、実感した。
――龍堂が好きだ。
隼人は気持ちが奮い立った。もう、何も怖くない。自分も、龍堂を守らなければ。自分のために戦ってくれた龍堂――隼人は龍堂の隣に並んだ。
「一ノ瀬くん」
ユーヤをじっと見すえる。自分だけ、無傷ではいられない。ちゃんと、戦わなければならない。
両の拳を体の横で、ぎゅっと握りしめた。しっかりと床を踏みしめて、真っすぐ立つ。
「俺と龍堂くんは友達なんだ。もう、きみの好きにはさせない」
ユーヤは目を見開いたまま、硬直していた。隼人はその目をじっと見つめていた。
好きにさせない――その言葉には、いろんな気持ちが込められていた。もう、あんなひどいことをするのも――龍堂を傷つけることも許さない。
「戦うから。――二度と俺たちに構わないでくれ」
チャイムが鳴った。隼人と龍堂は、しばし見つめあった。隼人はうなずく。
「行こう!」
「ああ」
そして隼人は、龍堂と歩き出す。クラスの皆もその流れにのり、今度こそ体育館に向かったのだった。