本編
――どういうことだ。
ホームルーム、應治は動揺を抑え込んだ。このときばかり、感情が表れにくい自分の顔がありがたい。担任の言葉や静かな中にあるざわめきが遠い。
中条が学校に来た。それだけでも、誤算だった。應治は中条の姿を見る。担任の顔を見て、話を聞いている、まっすぐな顔を呆然と見つめる。
あれが、中条なのか?
中条と言えば、小太りでぼさぼさとしたくせ毛の、地味だが少し悪目立ちする男子生徒だ。しかし、今そこに座っている生徒はどうだ。
まず、すっきりとやせていた。それだけでなく、すらりと背が伸びている。中条がダイエットを始めていたのは、夏休み前からわかっていたが、まさか、夏休み中も続けていたとは思わなかった。すっかり体がなれたのか、健康的な肌つやをしている。
後ろをさっぱりと刈り上げた髪は、巻き毛というにふさわしい、清潔で愛嬌のある印象を与えている。身頃のあった制服は、ぴしりと着こなされて、背筋を伸ばして座っているためしゃんとしている。
あくまで、標準的な骨格と顔つきだが、素朴で嫌味がない。好きな女子は必ずいる、そんな少年らしいかわいげのある容姿だった。現に、ちらちらと中条を見るクラスの女子の目には、驚き以外の――好意的な感情が浮かんでいた。
まさか、こんな変身をとげるとは。あんなことがあったのに、ずっと努力していたのか。そう思うと、ぞっとした。こいつはやはり、心が強い。もっと、ちゃんとつぶしておくんだった。
應治は悠弥を見る。悠弥はぼうっとしていた。中条を見るともなしに見ている。あたりを見渡す余裕もないのが幸いだった。
クラスの生徒たちの中条への感情の変化は如実だ。好奇の視線であっても、それは侮蔑より高い位置にある。下手をすると――いや、おそらく――今の悠弥より、ずっと上の感情が、中条に向いているのだ。
ホームルームが終わる。
應治は、机の上で、両手を握り合わせた。
どうする。――このままではいけない。中条は、話すかもしれない。
それだけは避けなければならないが、今は様子を見るしかなかった。幸い、皆、塚地たちへの遠慮もあり、気にしているものの、中条に話しかけにいくものはいなかった。けれども、皆、意識しているのがはっきりわかる。グループ内で、おそらく話しているのが分かった。
とりあえずは、悠弥が暴走するのを止めればいい。
「え~何。ずいぶん、気合入ってんじゃん」
塚地が声をかけた。塚地の目には、好奇と見せた怒りがあった。その怒りがどこから来ているのかは、わかった。
「夏期講習来なかったから、泣いてるのかと思ったのにさ」
「もしかしてストレスでやせたの?」
廣井も続く。中条は、黙って二人を見上げていた。その静かさに、二人がほんの少しいらだったのがわかる。皆が三人を見ていた。
支倉が、「よせよ」と二人を止める。塚地と廣井は、笑いながら支倉を見た。
「どうだっていいだろ。こんなやつ」
「え~だってムカつくじゃん。つかキモいし」
「そーだよ。俺ら許してないから」
あんなキモいもん書いてさ!大きな声で塚地が宣言――そう宣言する。
忘れるな。
そう、皆に警告した。
塚地と廣井は、中条の顔を軽く覗き込む。
「なーんか、キャラ変して、ないまぜにしようとしてっけど無駄だから~」
「そーそー。せめてまず謝りな?」
「やめとけって!」
支倉の制止に、今度こそ、塚地と廣井がはっきり不快の表情をだした。仲間の否定はとくに堪えるらしい。
「さっきから、何~?ケンだってキモイっつってたじゃん」
「そーだよ。俺ら、なんか間違ったこと言ってる?」
塚地が、隼人の頭をとん、とんと指先て突いた。はは、と笑いを漏らすと「ね~?」と中条に嗜虐的な笑みを向けた。
「妄想オタクがよ。なにしたってきめえんだよ。テメーは」
ささやきだった。けれど、はっきりと響いた。正直、言い過ぎた言葉だった。これでは、塚地たちも反感を買うだろう。支倉が、渋い顔をしたのが見えた。
勝手に序列をつけてくれるならそれに越したことはない。けれども、やりすぎだ。ため息をつきたい気持ちをこらえた時、隣の悠弥の顔が目に入った。悠弥は、切実にキラキラした目で、塚地を見ていた――。
その時だった。
「そんな風に言われたくない」
中条が、しずかに、はっきりと言葉を発した。