本編
チャイムが鳴るまで、隼人は龍堂と廊下で話していた。
陽光がどんどん高くなって、日差しの角度が変わる。曲がり角のむこうから、熱気と人の気配がだんだん増えてきた。道行く生徒たちが、ちらちらとこちらを見ていく。
龍堂が、隣り合う隼人の背に手をやった。隼人は、にこっと笑って、「うん」と応える。知らず入っていた肩の力を抜いた。
チャイムが鳴った。予鈴だ。隼人は龍堂を見上げ、「行くね」と言った。龍堂は何も言わない。何も言わないで心配して、ずっと自分の側にいてくれた。その優しさが、嬉しかった。ぐっと握りこぶしを作り、「大丈夫」とかかげてみせる。
「またな」
「ありがとう!またね」
そうして、隼人と龍堂は、それぞれのクラスへと入った。
クラスには、あらかたの人が集まっていた。
隼人が入ると、一瞬、しん、とクラスが静まりかえった。隼人はお腹に力をいれて、自分の席へと向かった。すると、クラスがにわかにざわめきだした。
「えっ?」
「からあげ?」
互いに、確認しあっている。隼人は、鞄を置いて、席に座った。抑えきれないどよめきが、クラス中に走っていた。「ええ」と驚くもの、困惑するもの、いっそ笑いを浮かべるもの――それらを全部遠くにおいて、隼人はそこに座っていた。
制服も変わった。髪形も変わった。自分はここにいる。
マオやケン、ヒロイさんたちがじっと目を見開いて、こちらを見てるのがわかった。彼らの反応の意味は、いいものなのか、悪いものなのか、わからない。ただ、自分はここにいる。
どうにでもなる。いっそ、そんな気持ちだった。
「っべー!セーフ!」
大きな足音とともに、教室のドアをたたくようにして、一人の生徒が走りこんできた。ユーヤだった。ちょうど、本鈴のチャイムが鳴った。
笑顔の残る顔で、クラスを見ると、隼人のところで止まった。反射的に、といった様子で顔をしかめると、隼人のもとへ向かってきた。
「どの面下げてきてんだよっ?変態やろお!」
大股で、隼人のところへむかってくると、隼人の机に、自分の鞄をたたきつけた。そうして、隼人の胸倉をつかむ。
「こなくてせーせーしてたのにっ!消え……っ」
そこで、ユーヤは言葉を止めた。隼人の姿をまじまじと見つめている。零れ落ちそうなほど、目を見張って、硬直する。隼人は、手から逃れようともがいた。以前より、ユーヤと視線の距離が近い。
「えっ……?」
「離してくれ!」
隼人はユーヤの手をつかむと、ぐいと引きはがした。手は震えていたが、ユーヤは気づいていないみたいだった。
「ユーヤ、よせ」
しん、と静まりかえるクラスに、オージの声が響く。見れば、皆、隼人とユーヤを見ていた。隼人は、唇をひきむすび、席に座りなおした。
そのとき、担任が部屋に入ってきた。そこでクラスの空気が少し、凪いだ。オージがユーヤを連れていく。ユーヤはどこか、呆然とした様子で、引っ張られていった。隼人は胸を撫でおろす。
「うそでしょ」
と、誰かの呟きが、あたりに響いていた。