本編

 おかしいよ、やっぱり!
 荷物を両手両肩に、隼人が行進していると月歌に引っ張られた。

「隼人、ストップ! お菓子買ってこ〜」

 言うなり、無印にinする。
 今日は日曜で、終日予定のない弟を気遣った姉による、お出かけイベントだった。隼人は両手両肩に、たくさんの荷物を下げつつ、「お姉ちゃん、俺、わたがしがいい」とついていった。

「バウムと、黒棒と、干し林檎と〜」

 月歌は軽快に、買い物かごにお菓子を入れていく。

「お姉ちゃん、富豪だね」
「テスト頑張りましたから♡あとおつかいも頼まれてるの!」
「そっか」

 すごいなあ。月歌は頭が良くて努力家で、お小遣い歩合昇給制の中条家で筆頭高給取りだ。隼人はと言うと、可もなく不可もなく、「次こそ昇給」が口癖である。

「隼人も次こそ昇給できるよ」
「うん、期末こそ」

 月歌に励まされながら、ついでにハヤトロクのノートも買っていこうかな、などと舌の根も乾かぬ内に思うのであった。

 レジを目指し歩いていると、人の波におされて、隼人と月歌が離れた。
 前を行っていた月歌が、男にぶつかられた。二人組の男は、チッと舌打ちした。

「すみません」
「ってーなブス」

 ひどい罵倒の言葉に、月歌の顔が真っ赤に染まった。隼人はあわてて姉に駆け寄る。

「お姉ちゃん」

 二人組がふんと笑う。

「弟はブタかよ」
「『お姉ちゃん』だってよ」

 月歌の持っていた買い物かごのお菓子を覗いて、「ダイエットしろよ」と去っていった。

「お姉ちゃん、一人にしてごめん」
「隼人」

 月歌の目には、じんわり涙がにじんでいた。

「俺のぶんのお菓子、たくさん買ってくれてありがと!」

 隼人は、はっきりとした声で言った。月歌は自分と違って、すらっとしてるけど、あんなこと言われて悔しかったはずだ。皆に聞いてほしかった。
 優しい姉を勇気づけるように、隼人は笑う。

「あいつら目おかしいんだよ、前も見てないくらいだし」
「隼人〜」

 月歌は泣きそうな顔のまま、笑った。そのことに、隼人がほっとした時だった。

「何だテメエ」
「デブがよお」

 さっきの二人組が、戻ってきていた。嘘だろ。隼人は月歌を背にかばう。

「隼人」
「お姉ちゃん、レジの方に逃げて」

 隼人は月歌にささやくと、男たちをじっと見すえた。姉を守らなければ。正直、心臓はバクバク鳴っている。けどどこか冷静だった。
 大丈夫、ここは店内だし、人もたくさんいる。殴られても酷いことにはならない。
 人生二度目の胸ぐらつかみにあいつつ、隼人は腹をくくった。

「隼人!」 

 月歌が叫んだ。

「姉ちゃん、今だ!」

 隼人は万力の力で、持っていた荷物を男に振り上げた。

「誰か……!」

 その隙に姉が助けを呼びに走る。それをもう一人の男が追おうとする。

「この卑怯者!」

 隼人は遠心力で、荷物を振り回し、その勢いで男に突進した。
 ボンッという音とともに、タックルは成功した。男を倒すまでにはいかないが、足止め成功だ。そう思ったとき、後ろから襟を引っつかまれた。

「ぶひっ」

 あっ、と思ったときには張り手を顔のど真ん中に食らわされていた。ぐらりと衝撃に頭が揺れる。痺れた鼻から、ぽたぽたと血が出た。

「なめてんじゃねえぞ」

 もう一度、振りかぶられる。今度はグーだった。逃げようにも、タックルした男に、後ろ手を取られていた。連携プレーに、隼人は目を瞑った。これは絶対にモロに当たる――

「――あれ?」

 しかし、いつまでも拳が振り下ろされることはなかった。代わりに男の悲鳴が上がる。隼人は目を開けた。

「痛え! 痛え、痛えっ!」

 さっきと同じ男と思えないくらい、弱々しい、哀れな声だった。それもそのはず、男の手は、後ろからひねり上げられていた。

「やめろ」

 ハスキーな低音が、辺りを支配する。

「龍堂くん」

 隼人は思わず口にしていた。その人は、あの龍堂だったのだ。
 龍堂は涼しい様子で、片手で男を制圧していた。もう一方の手に、買い物かごを持ったまま。わたがしとバウムとカレー、ジャスミンティーが入っている。何故かそんなことが目に入った。

「て、てめえ!」

 隼人を拘束していた男が、龍堂に挑もうとする。隼人はとっさに「わーっ」と男の服をつかんだ。

「離せブタ!」
「離すもんか、人殺しー!」
「はあ!?」

 ブンブン揺られながら、隼人は組み付いた。

「こっちです!」

 その時、月歌の声と忙しない足音が、こちらに近づいてきた。
 男たちの戦意が喪失する。
 そのことに安堵を覚えながら、隼人は龍堂から目が離せなかった。
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