本編


「ありがとうございました!」

 会計を終えて、隼人は美容室の外に出た。日差しが眩しい。蝉の声は、ひぐらしの声に変わりだしていた。熱気は変わらないのに、なんだか首が涼しい気がする。刈り上げてあるからかもしれない。
 新しい服を得た隼人は、おしゃれな美容室におもむき、髪の毛もばっさり切ったのだった。美容師のお兄さんは隼人のくせっ毛に向き合ってくれて、重さを減らし、くせを活かした髪型にしてくれた。
 どうかな?似合ってるかな?
 窓に映る自分の姿を見ながら歩く。わからないけど、なんだか全然自分じゃないみたいだった。

「あら、隼人!さっぱりしたじゃない!」

 家に帰ると、母が手放しに誉めてくれた。その言葉に、照れながらお礼を言う。お小遣いが全部吹っ飛んだけど、それ以上の喜びがあった。

 この姿を龍堂にまず見てほしい。
 そう思い、時計を見る。しかし、向こうは深夜だということに気づき、断念した。
 龍堂は、両親に呼び出され、新学期が始まるまでアメリカにいることになった。「野暮用」だと、あまり気の乗らない様子であったことから、楽しい家族の時間、という空気ではなさそうだ。時間を見ては、互いに連絡をとっているのだが、龍堂は多忙に加えて、時差である。メッセージを残す日々が続いていた。

「大丈夫かな、龍堂くん」

 メッセージの残る画面を見ながら、隼人はつぶやく。
 龍堂は強い。かっこいい。けど、さみしくないわけでも、助けがいらないわけじゃない。龍堂の力になりたい。そのために、もっと自分にできることがあると嬉しいのに。じっと難しい顔をして、隼人は黙り込んだ。

「――よし、勉強しよう!」

 隼人は己を鼓舞するように声を上げる、そして頷くと、部屋に向かった。
 もうひとつ、気合いを入れて、テキストに向かう。とっくに宿題は終わっていたので、教科書と問題集を先取りしていた。龍堂のそばにいたい。そのためには、まず〇大に行けるように、たくさん勉強するんだ。
 今はまだ、そばにいることしかできないけど――大人になったら、もっとたくさんできることが増える。そうしたら、きっともっとたくさん、龍堂の助けになれる。
 強くなりたい。龍堂のことを、支えられる自分になりたいから。龍堂がいつも、自分にそうしてくれるように。
 カレンダーにつけられた赤い丸――新学期開始の日――のしるしを、隼人は見上げる。隼人にとって、それは緊張の意味のはずだった。けれども、今はその日は、龍堂にまた会える日だ。気持ちが上書きされていた。だから、隼人はその日を、指折り数えて待っている。
 龍堂の存在はいつも、こうして隼人の心を鼓舞してくれた。
 願うなら、俺も、龍堂くんにとって、そんな人になりたい。隼人はそう思った。

 夏が終わる――そして、秋が始まる。残暑の寂寥を晴らすように、熱を帯びた風が、すうっと部屋の中に吹き込んでいた。隼人は尚明るい太陽を、見上げ、テキストに向かう。

 龍堂に会えるまで、あと五日の日のことだった。

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