本編
龍堂の鼓動が、隼人の体に伝わる。自分の速いそれも、きっと伝わっているに違いない。隼人は息さえ忘れて、龍堂の熱を感じていた。瞬きもできない。どきどきして、どうしていいか、わからなかった。けれど。
「龍堂くん」
隼人は、ぎこちなく、けれど確かに龍堂の背に手を回した。そして、ぎゅっと抱きしめた。つられてかたく目を閉じる。龍堂が息をつめたのがわかった。
「俺も好き」
龍堂の腕に力が込められる。隼人は負けじと込め返した。
龍堂に伝わってほしかった。自分が、すごく龍堂のことを大好きだということを。耳の奥で心臓がなっている。でも、どちらのものかも、わからないくらい、ずっと重なっていた。
「ありがとう」
龍堂が笑ったのが伝わった。隼人も「ううん」と笑った。それから二人は、しばらくそうしていた。
◆
「雨が止んだな」
部屋が明るいのが、目を閉じていてもわかった。龍堂の声に、隼人は目を開ける。夕立の後の西日がすっと部屋に差し込んできていた。
日差しを受ける龍堂の横顔は、きれいだった。隼人は龍堂を見つめ、それから一緒に窓の外を見上げた。
「送るよ」
龍堂が、そっと笑って隼人の頬を撫でた。隼人は「うん」とうなずいた。
「ありがとう」
どうしようもなく、名残惜しかった。けれども、確かに帰らなくちゃ。さみしさが胸にいっぱいになる。顔に出ていたのだろう、龍堂がほほ笑んだ。
「そんな顔するなよ」
「だって、さみしいよ」
龍堂君とずっと一緒にいたい。今、切実にその願いがあふれた。龍堂は、隼人の頭と肩を、それぞれ一度ずつ叩いた。
「ぼくだってお前に帰ってほしくないよ」
「龍堂くん」
「だから帰さなきゃ」
隼人は首をかしげた。よくわからなかったが、龍堂も名残を惜しんでくれているのだ。そうするとすごく嬉しかった。隼人はにこっと笑って、龍堂に小指をさしだした。龍堂は目をわずかに見開く。
「明日も会おうね!約束」
龍堂は隼人を見て、小指を見て、笑った。そして長い指を絡める。
「約束」
二人は額をよせ笑いあった。
◆
「はあ……」
隼人は自室のベッドに寝転んで、天井を見上げていた。胸の上には、単語帳が乗っかっている。
なんだか胸がいっぱいで手につかない。とはいえ、何もしないでいると、龍堂のことで頭がいっぱいになってしまう。なのでせめて、勉強をしようと試みる。その繰り返しだった。
「龍堂くん」
胸がぎゅっと苦しくなる。龍堂に、また近づけた気がした。心を見せてくれたんだと思う。それだけで、こんなに幸せな気持ちになるんだ。いっそ苦しいくらいだった。ずっとそばにいたい。友達って、こんなに愛しいんだ。
むくりと起き上がると、隼人は服を取り出した。龍堂に貸してもらった着替え。洗濯をして、乾かしてあるそれを、見下ろす。
「大好きだよ」
俺も、龍堂くんを守りたい。好きだとか、そばにいたいとか、いろいろな気持ちがあるけど、ふわりと浮かんだ言葉は、それだった。
守りたい、龍堂のことを。いつも、彼がそうしてくれるように。
龍堂太一を守りたい。ただ、ひたすら。
ハヤトじゃなくて、中条隼人として、隼人は龍堂のことを考えていたのだった。