本編


 隼人が体を拭いていると、階下に訪ね人の気配がした。部屋に入って来た人を見て、隼人は目を見開いた。

「龍堂くん!」
「よう」

 訪ね人は、龍堂だった。片手を上げる様は、相変わらず威風がある。龍堂はそっと、ベッドに近づくと、荷物を置いた。

「一応、要りそうな荷物は持ってかえってきた」
「あ、ありがとう! 助かる」

 気遣いに感激する。龍堂を見つめると、見つめ返される。その目には、深い心配の色をたたえていた。

「大丈夫か」
「うん! ごめんね心配かけて」
「謝らなくていい。ごめんな、気づかなくて」

 龍堂の指先が、そっと隼人の額に触れる。その優しい手つきに、隼人はぱっと顔を赤らめた。

「ううん。ありがとう、助けてくれて……ずっと、傍にいてくれたって」
「当たり前だろ」

 本当に当然のように返されて、隼人はぎゅっと胸が苦しくなった。「へへ」と、はにかむ。
 軽快な足音がして、月歌が部屋に入ってきた。

「お茶です」
「ありがとうございます」

 二人はぱっと離れた。その仕草に、隼人は何故だかもっと照れくさくなった。変だな、別に恥ずかしいことなんて何も無いのに……。

「はい、隼人も」
「ありがとう、お姉ちゃん」

 冷たいお茶に口をつけながら、隼人は首をかしげていた。



 龍堂が帰り、隼人は部屋にひとり寝転んでいた。
 もう、夏休みに入っちゃったのか。
 昨日は、とんでもない一日だった。思い出すだけで、叫びだしそうになる。けれど、思ったより絶望的ではなかった。

『お前が好きだよ』

 龍堂が、隼人を肯定してくれたから。

「へへ」

 隼人は、なんだかいてもたってもいられず、ぎゅっと氷枕を抱きしめた。隼人の熱を吸って頭には温い冷たさのそれは、懐には適度に涼しくて心地よかった。

「龍堂くんがいてよかった」

 本当に、大好きだなあ。
 色々と考えなきゃいけないことはたくさんある。けど、今はこの気持ちに浸っていたかった。

56/91ページ
スキ