本編
隼人が体を拭いていると、階下に訪ね人の気配がした。部屋に入って来た人を見て、隼人は目を見開いた。
「龍堂くん!」
「よう」
訪ね人は、龍堂だった。片手を上げる様は、相変わらず威風がある。龍堂はそっと、ベッドに近づくと、荷物を置いた。
「一応、要りそうな荷物は持ってかえってきた」
「あ、ありがとう! 助かる」
気遣いに感激する。龍堂を見つめると、見つめ返される。その目には、深い心配の色をたたえていた。
「大丈夫か」
「うん! ごめんね心配かけて」
「謝らなくていい。ごめんな、気づかなくて」
龍堂の指先が、そっと隼人の額に触れる。その優しい手つきに、隼人はぱっと顔を赤らめた。
「ううん。ありがとう、助けてくれて……ずっと、傍にいてくれたって」
「当たり前だろ」
本当に当然のように返されて、隼人はぎゅっと胸が苦しくなった。「へへ」と、はにかむ。
軽快な足音がして、月歌が部屋に入ってきた。
「お茶です」
「ありがとうございます」
二人はぱっと離れた。その仕草に、隼人は何故だかもっと照れくさくなった。変だな、別に恥ずかしいことなんて何も無いのに……。
「はい、隼人も」
「ありがとう、お姉ちゃん」
冷たいお茶に口をつけながら、隼人は首をかしげていた。
◇
龍堂が帰り、隼人は部屋にひとり寝転んでいた。
もう、夏休みに入っちゃったのか。
昨日は、とんでもない一日だった。思い出すだけで、叫びだしそうになる。けれど、思ったより絶望的ではなかった。
『お前が好きだよ』
龍堂が、隼人を肯定してくれたから。
「へへ」
隼人は、なんだかいてもたってもいられず、ぎゅっと氷枕を抱きしめた。隼人の熱を吸って頭には温い冷たさのそれは、懐には適度に涼しくて心地よかった。
「龍堂くんがいてよかった」
本当に、大好きだなあ。
色々と考えなきゃいけないことはたくさんある。けど、今はこの気持ちに浸っていたかった。