本編


「……あ?」
「言いたいことも言わないで、人を馬鹿にして、その場しのぎで生きてる人に格とか言われたくない!」
「おい、調子のんな!」

 ケンが隼人を突き飛ばす。あまり力が入っていなかったので、二、三歩たたらを踏むだけだった。ケン越しに見るマオの唇は怒りで白かった。

「ざけんなよ、くそ底辺が……テメェに何が……」

 ざわざわとした恐ろしい低音が這う。隼人は唇を噛みしめた。
 わかるもんか。
 友達がいるからこその苦労があるんだろうって。わかってほしいとか、わかりたいとか、そう言う気持ちがあって、だからすれ違ったり、傷つけたりしてしまうんだろうって。
 そう思おうとした。けれど。

「何が部外者だ、バカにするな! ずっと人を君たちのコミュニケーションに使っておいて!」

 嘲笑われた日々がよみがえる。

「ハァ? 俺たちと友達とでもいいたいわけ?」

 マオは冷笑する。隼人は睨み返す。ケンが、「マオ」と言った。マオは「黙ってろよ」と吐き捨てる。

「……そうだよ、俺は使われてるだけの部外者だよ」
「ハァ? 矛盾してんですけど」
「でも、人を傷つけることにまで、使われたくない」

 ケンが、はっと目を見開いた。そして、マオを見る。

「俺は部外者だけど、一ノ瀬くんは友達だろ。俺を使わないで、ちゃんとケンカしてよ」

 それだけ言うと、隼人は黙った。汗だくだった。早く着替えたかった。

「いつ、俺がお前を使ったんだよ。使ったのはケンだろ」

 マオがいまわしげに、吐き捨てる。そしてケンを睨み、それからハッと笑った。

「ねえ、何で俺がこんな卑怯みたいに言われてんの? 風評被害もいいとこなんだけど」
「マオ、」
「どいつもこいつもふざけやがって! 俺には怒る権利さえねーのかよ!」

 怒鳴りつけると、マオは踵を返し、去っていった。

「マオ!」
「元気ならそもそも見舞いする気になんてなれねえし。どーせ、俺が悪いことになんでしょ?」

 ケンは、一瞬の逡巡の後、早足で去るマオの背を追う。すれ違いざま、「馬鹿野郎」と隼人にささやいて。

 廊下に残され、隼人は、ひとりため息をついた。
 やってしまった。保健室の前で、何をやってるんだろう。迷惑すぎる。
 あんなことを言って、どうなるか……考えようとして、やめた。もう言ってしまったことは取り消せないのだ。
 とりあえず着替えよう。昼休みも終わってしまう。隼人が更衣室に向かおうとした時だ。
 保健室の扉が開いて、オージが出てきた。
 やっぱりうるさかったか。気まずくて、隼人は視線をさまよわせた。

「悪かった」

 見れば、オージが頭を下げている。

「え」
「ユーヤのこと助けてくれて、ありがとう」

 顔を上げたオージの目に、目を見開いた。隼人が映る。隼人は、驚きのあまり息もできない。
 どうにか頷くと、オージもまた頷き、保健室に戻っていった。
 ぽかんとして、隼人は扉の閉まる音を、余韻まで聞いた。

「……これで、よかったのかな?」

 よくわからないけれど、オージの礼には、そう思わせる真摯さがあった。
 実際、たいしたことはしていないのだけれど。走って、追いかけられて、走っただけだし。
 それに、ユーヤのもとへ走ったのは、隼人のエゴだ。英雄的な優しさじゃない。ケンとマオに偉そうに言ったものの、ユーヤのことは、自分だって許せていない。
 けれど。

「助けられて、よかったよね」

 この気持ちは、本当だと、そう思っていいかなと思った。少しでも自分は――自分に胸をはっていられる自分でいられたのだと。


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