本編


 理科棟につくと、オージがユーヤを姫抱きにして、ちょうど出てきたところだった。南先生が脇から手を伸ばして、ユーヤの首に氷を当てている。
 そこからは早かった。
 保健室のベッドに寝かされたユーヤの手を、オージはひざまずいて握っていた。

「ユーヤ、すまなかった……」

 その声には深い悔恨がにじむ。祈るように、ユーヤの手を、自らの額に当てた。周りはいっさい見えていないようだ。
 カーテンの隙間から、光が差す。二人の姿は彫刻のように、神聖で美しかった。

「中条くん、あなたも冷やしなさい」

 南先生が、そっと氷を渡してくれた。隼人は礼を言い、首に当てる。脈打つ血が、じんわりと冷えた。

「ん……」

 ユーヤがわずかにうめいた。オージは弾かれたように、ユーヤの顔を覗き込む。出ようとしていた隼人も、思わず振り返った。

「ユーヤ!」
「ぉー、じ……?」
「ああ、俺だ。ユーヤ……」

 オージの確かな声音に、ユーヤは「オージィ」と声を揺らした。くしゃりと幼子のように顔をゆがめる。

「つらかったよお」
「ごめんな……」
「ぼく、ぼくっ、ひっ……ひとりぼっちでっ……つらかったぁ」

 オージはユーヤの手をかきいだき、ユーヤの涙に触れそうな距離で、痛ましげにユーヤを見つめた。

「ごめんな。つらかったな」
「うぇ、も、ひとりにしないれ……」
「ああ、ひとりにしない。二度と離さないから……」
「ひっく、おーじのばかぁ……うわあぁん!」

 オージの手にすり寄る。せきを切ったように、わんわんと泣き出した。
 隼人は、そっとベッドから離れた。今は二人にしてあげたほうがいいだろう。

 保健室から出ると、ちょうどケントマオと行きあった。ふたりとも、隼人を見てバツの悪そうに、顔を渋くした。

「ユーヤは」

 ケンが尋ねる。隼人は答えた。

「今休んでる。大丈夫だと思う」

 隼人の言葉に、二人の肩の力が抜ける。安堵しているのだとわかる様子に、少し気分が浮上した。

「今、藤貴くんがお見舞いしてるよ」

 とりあえずそれだけ伝えて、隼人はその場を後にしようとした。ケンが「おい」と、隼人の背に声をかける。

「何?」
「いや……」

 ケンは何か言いよどんでいる。隼人はその様子に、さっきの怒りが少しぶり返してきた。思わず目に力がこもったのに、反応したのはマオだった。

「ずいぶん正義ぶるじゃん。部外者は引っ込んでろよ」
「マオ」
「ケンもさ、愚痴言う相手くらい選んでよ。格とか下がるじゃん」

 ケンが押し黙る。マオはしっかり、ケンと隼人の言い合いから察していたらしい。隼人も、引く気にはなれなかった。なにぶん、疲れていたのだ。

「ケンカもちゃんとできない人に言われたくないよ」

44/91ページ
スキ