本編
一瞬の静寂。
オージはマオに向き直る。そして、
「ああ」
と、マオからボールを受け取った。そうしてパス練を始める。
ユーヤは、がく然と目を見開いた。ボールを取り落としそうに、ふるえていた。
三者の様子を、周囲の生徒達もさりげなく脇見をしていた。
意外、そんな空気に満ちていた。これには隼人も同じ気持ちだった。
いままで、どんなに険悪でも、オージはユーヤ以外とペアを組まなかった。ユーヤがどんなに邪険にしても、他の生徒達とペアを組みたがっても、相手を威嚇してでもオージはユーヤを連れて行った。
『離せよ、人さらいー!』
ユーヤの怒りと嬉しさ半々の声が呼び起こされる。
この喧嘩は、相当根深いぞ。隼人は寒くなった。
ユーヤは、顔を俯かせ、ぶるぶるとふるえていた。あまりに痛ましい様子は、義侠心をわきおこさせた。しかし、自分が声をかけたら絶対殴られる未来もわかるので、そっと下がった。
すると、ケンがこちらに向かって歩いてきた。
助かった! という思いがわき起こる。
ユーヤもケンに気づき、気分を持ち直したようだ。ふふんとマオやオージ、ついでに隼人を嘲笑い、笑顔でぴこぴこ揺れながらケンを出迎えた。
隼人はもうその場を離れ、準備体操を余分にしていた。
なので、ケンがずんずんとユーヤの脇を通り過ぎ、隼人の襟首を掴んだとき、飛び上がらんばかりに驚いた。
「うわっ!」
「うっせーな」
「な、なな何?」
「ボッチのからあげは、組むやついねーんだろ? 組んでやるよ」
ケンが、犬歯を見せて笑う。隼人はぽかんと口をあけた。――なんで俺? 一ノ瀬くんと組むんじゃないのか?
浮かんだ疑問で表情を固めたまま、隼人はケンを見上げていた。ケンは焦れたように、「文句あんのか?」と威嚇してきた。
「い、いや……」
「なら早くいくぞルァ」
ぐいっと首をホールドされ、連れて行かれる。すれ違う生徒たちが、皆、何事かと、隼人とケンを見ている。その中に、ユーヤの能面のような顔もあった。
「ぷっ、からあげ以下とか」
マオの嘲笑が、やけによく、あたりに響いた。隼人がぎょっとしたのと、ユーヤが顔を羞恥と屈辱に燃やしたのは、ほぼ同時だった。涙に濡れたその目が、縋るようにオージに向かう。オージはユーヤの刺すような視線をとらえ――そしてそらした。
「おい、行くぞからあげ――」
ケンがどこか気まずげに、隼人を急かした時――
バアアアアアアアアンッ!
すごい勢いで、ボールが叩きつけられた。
ユーヤだった。両腕で振りかぶって、投げたらしい。投げ終わった姿勢のまま、息をついていた。
ボールは、ワンバウンドして、オージとマオのもとへ飛んでいく。マオは、ふんと鼻で笑って、それを遠くへ弾き飛ばす。
「なにしとるかー?」
川端先生の間延びした声が、わって入った。マオはそ知らぬ顔で、「フジタカ、行くよー」とトスを上げた。オージは応える。ユーヤは震えながら、体育館を飛び出していった。
「おい、行くぞってんだろ」
ケンに引っ張られる。隼人は思い切り、ケンを突き飛ばしていた。
ケンが目を見開き、「何しやがる」と凄んだ。隼人は睨み返す。
「組みたくない!」
「はァ?」
ケンは一瞬ぽかんとしたが、言葉の意味を理解すると、怒りに顔をゆがめた。
「ふざけんな、人がせっかく――」
「嫌がらせのために誘われても嬉しくないよ! よくも利用したな!」
屈辱だった。ひとりになる悲しみは自分が一番わかっている。なのに、こんな卑劣なことに加担させられた。
「ちが、俺は――」
「話したいって言ってたくせに! 一ノ瀬くんだって待ってたよ!」
「うるせえ! こっちの事情、わかってんだろーが!」
「知らないよそんなの! 支倉くんの嘘つき、ちゃんとしたいって言ってたくせに!」
隼人はケンに背を向け、駆け出した。
「一ノ瀬くん!」
体育館を出て、あたりを探し回る。午後の白い陽光が、隼人をじりじりと照らした。すぐに肌がほてり、汗がにじんでくる。
なんでこんなことを自分がしてるのかわからない。仲間外れなんて、卑劣な真似に加担させられたのが許せない。
ユーヤのことは、自分が一番怒っていると思う。けれど。
ユーヤの呆然と傷ついた顔が、頭から離れない。
自己弁護、自己満足、そんなものが頭によぎる。けれども、自分は。
『ボッチ!』
自分がひとりのとき、マオたちとからかってきたのは、間違いなくユーヤだった。でも、だからこそ。
自分は笑いたくなかった。でなければ、いつまでも、きっと。
ひとりだった自分が浮かばれない。