本編


「ユーヤ、はよ」
「ん……」

 マリヤさんが隼人に声をかけてきた翌日。ユーヤはオージと二人、遅刻ぎりぎりで登校してきた。
 ユーヤはどこか熱っぽく、目もとが泣きはらしたように赤くなっていた。

「大丈夫かよ」
「きのー早退しちゃうし」

 ケンとマオが、気遣わしげに声をかけた。あれからユーヤとオージは、出ていったっきり、教室に帰ってこなかったのだ。
 マオの問いに、ユーヤは顔を赤くした。その変化に、ケンとマオが、不思議そうに顔を見合わせた。その時、オージが、ユーヤの肩を抱いた。

「っあ!」
「悪い。こいつ、熱あるから」

 オージが庇う。ユーヤは、きっとオージを睨んだ。

「オージ!」
「じっとしてろ」
「うう……」

 有無を言わせない、でもどこか甘い調子の声に、ユーヤはくやしげに顔をゆがめ――こてりとオージに身を委ねた。
 その様子に、マオは「あは」と笑う。

「どーしたの。何か今日、ユーヤ甘々二割増しじゃん?」
「――そんなんじゃねーよっ!」

 ユーヤがいきなり怒鳴った。マオたちが息を飲むのも聞かず、足音荒く自分の席へ向かう。うなじまで真っ赤に染まっていた。マオは、「あれ」とばつが悪そうにケンとヒロイさんを見た。

「なんか俺、へんなこと言った?」
「さあ……」

 オージが三人を気にせず、ユーヤのもとへ向かう。そんなオージに、マリヤさんが駆け寄った。

「オージくん、おはよう。ユーヤくん、大丈夫だった?」
「ああ」
「よかった。ノート、取ってあるから、また二人に見せるね」
「ああ。ありがとう」

 オージは、マリヤさんの方を見ず、答えた。代わりに、一度だけ、マリヤさんの頭をぽんと撫でた。マリヤさんは、さっと頬を赤らめてはにかみ笑った。

 ガターン! 大きな音がした。ユーヤが、隼人の机を蹴り飛ばしたのだ。お腹に、机がダイブし隼人はうめいた。

「くそが」

 ユーヤは一瞥もくれず、扉へ向かった。

「ユーヤ」
「保健室っ」

 オージの呼びかけにぞんざいに返すと、ユーヤは教室を出ていった。

「なんだ」
「ユーヤ、どうしちゃったの?」

 皆がぽかんとする中、隼人はひとり、お腹を抱えていた。

 マリヤさんが初めての相談に来たのは、その日の午後のことだった。

「隼人くん、ID教えて」

 スマホかえちゃったから、と隼人とラインのIDを交換した。それから、マリヤさんは相談したいときにメッセージを送ってくるようになったのだ。

 そして、今日で一週間。マリヤさんは中学の時よりずっと思いつめているようで、相談はほぼ毎日だった。友人関係や勉強のことなど、多岐にわたったが、マリヤさんの相談は主に恋の悩みだった。

 もっと好きになってほしい。もっと、仲良くなりたい。

 マリヤさんの言葉を思い返し、隼人は教室の扉を見る。さっき、龍堂が去っていった扉だ。

「わかる気がする」

 龍堂とは、さっきみたいに、あいさつを交わすようになった。「おはよう」や「さよなら」を言うと龍堂は、「おう」と返してくれる。そうすると、隼人は一日をよく始め、よく締めくくることができるのだ。
 なのに。

「もっと仲良くなりたいなあ」

 隼人はうんとのびをする。小説を書いてるころより、ずっと進歩してるし、胸もいっぱいなのに。
 さよならのあとは、もっと話したいなと思うようになってきた。

「マリヤさんが欲張りなら、俺も欲張りなんだなあ」

 もっとも、恋と友情じゃ、勝手が違うかもしれないけれど。

「音楽の授業が待ち遠しいな」

 先週は、龍堂が休みだった。「どうしたの?」と聞いたら「野暮用」とのことだった。
 隼人は鞄を背負い、教室を出たのだった。

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