本編

 驚きである。
 隼人はベンチに、龍堂と二人並んで腰かけながら弁当を、頬張っていた。龍堂は、ジャスミンティーのボトルを片手に弄び、向こうを向いている。
 やっぱりライオンみたいだな、隼人は思う。さっきまで笑ってたのに。今も機嫌は悪くなさそうだけど。
 じっと見ていると、ばちりと目があった。
 しばし見つめ合う。

「何?」
「ご飯食べないの?」
「もう食った」

 そう言うと、視線を投げる。その先に、空のバウムクーヘンの包装があった。隼人は思わず声を上げた。

「昨日の」
「見てたのか?」
「あっ、ごめん。つい」
「いいよ」

 思いの外、ゆったりと交わされる会話のキャッチボールに、隼人は戸惑いつつも嬉しくなってきた。
 龍堂くんって思いの外、話すんだな。
 気さくというのだろうか。それでいて、ライオンみたいに堂々としている。
 格好いいな。隼人はくすぐったくなった。お茶を飲もうと、鞄を開ける。そこで見つけた紙袋に、「あっ」と動きを止めた。
 どうしよう。
 隼人は考える。俺はハヤトじゃないぞ、自分を戒める。
 わかってる。でも。
 隼人は意を決して、紙袋を取り出した。

「龍堂くん、これ!」

 ずい、と龍堂に差し出す。龍堂は、不思議そうに隼人を見る。隼人は頬が熱くなるのを感じながら、言葉を続ける。

「昨日のお礼のお菓子。助けてくれて、本当にありがとう」

 ぺこ、と頭を下げた。
 龍堂は、すこし目を見開いて、ベンチの背もたれに頬杖をついた。その口元が、ほんの少し笑んだ気がした。

「律儀だな、中条」

 今度は隼人が、目を見開いた。

「俺の名前、知ってるの?」
「知ってるよ。ジャンが、いつも呼ぶんだから」
「そっか……」

 隼人は頭をかいて、照れ笑いを浮かべた。ジャン先生はいつも、隼人に目をかけてくれる(と隼人は思っている)が、より感謝した。
 龍堂が、頬杖をついたまま、逆の方の手で、紙袋を受け取った。隼人は「やったあ」と心のなかで叫んだ。顔が、自然とにこにこと笑えてくる。
 龍堂がせんべいをとりだす。「あっ」と隼人は叫んだ。鞄を投げられたせいか、せんべいが割れてしまっていた。
 龍堂は気にした様子もなく、袋を開けると一枚取り出した。そして、袋の口を、隼人の方に向けた。

「一枚やるよ」
「いいの?」
「いいよ」

 隼人は一枚、せんべいを取り出した。龍堂は、前に向き直ると、せんべいを食べだした。隼人もならって、せんべいをかじった。いつもより、風味が甘く感じた。

 予鈴がなった。
 ほくほくと隼人は廊下を歩いていた。隣には龍堂が歩いている。
 何だか流れで帰りも一緒になっている。行く先はほぼ同じなのだから当たり前だが、嬉しかった。
 E組に入る前、隼人は思わず、「あの」と龍堂に声をかけた。龍堂は肩ごしに振り返る。

「またね」

 言いたいことはたくさんあった。けど、これが一番言いたいことだった。
 龍堂はしばし、隼人の目を見つめる。そして去っていった。それだけで十分だった。

「やさしいなあ」

 格好よくて、堂々として、優しいんだ。
 じんわり、さっきまでの時間を思い返し胸があたたかくなる。
 頑張ろう。隼人は教室に、意気を込め戻っていった。

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