本編


 中条隼人なかじょうはやとは、何の変哲もない高校二年生である。
 ただすこし違うところは、友達がいないことと、小説を書いていることくらいだ。

「隼人〜、晩ごはんよ!」
「はーい!」

 階下からの母の声に、隼人はせっせと走らせていたペンを止める。消しゴムのかすを払うと、ノートを立て、今日の成果を見渡した。

「むふふ、会心の出来」

 小説を書いていて、このときが一番好きかもしれない。

「このシリーズも終わりだなあ。明日から本格的に授業だし」

『ハヤトロク〜高校一年編〜』も、もう終幕だ。中学生の時から書き始めた、日記代わりの小説。主人公は隼人自身、日常を時にミステリ、時にホラーにと、ドラマチックに日常を記録してきた。薄黒く汚れ、ふくらんだノートは、どれだけ隼人がこの物語を愛したかの証だ。

「次はどんな舞台で書こうかな。今回は勇者だったし、幽霊、は中二の二学期で書いたし」

 さすがに五十冊もこえる大シリーズともなると、ネタが尽きてくる。どうせ書くなら、わくわくと書きたい。何かいいモデルないかな、と産みの苦しみに浸っていると、ドアが開けられた。

「隼人〜お母さん怒ってるよ」
「あっ、ごめん。お姉ちゃん」

 隼人は大慌てでノートを閉じた。この大冒険譚は、隼人の秘密だ。それがまた、異世界にひとり行ったように楽しいのだ。隼人の姉、月歌るかは、挙動不審な弟に首を傾げたが、ノートを見て「なあんだ」と笑った。

「また勉強してたの? 頑張るねえ」
「あっうん」
「お母さんも許してくれるって」

 笑う月歌に、隼人は「へへ」と笑った。ごめんお姉ちゃん、俺、全然勉強してないんだ……。

「はーやーく!」
「わー! 押さないで!」

 月歌にうながされ、隼人は階段をおりた。一階に降りるとすぐ、こうばしい匂いが、開け放しのキッチンから香った。隼人は目を輝かせる。この匂いは、

「からあげだ!」

 叫んだ瞬間、隼人のお腹がぐーっと鳴った。流石に間が良すぎて、隼人はお腹をおさえた。月歌は笑い、隼人のまるい横腹を肘でつついた。

「あはは、すごい音」
「うぐ、ほっといてよ」
「隼人は本当、食いしん坊だなあ」
「もう、隼人、月歌! 遅いじゃない!」

 キッチンから母が顔を出した。

「ごめん、お母さん」
「からあげありがと!」
「もう、はやく食べて! 揚げたてなんだから」
「わーい!」

 高校三年と二年になるが、わんぱくな声を上げ、二人は食卓についた。

「あーっお父さんたくさん食べてる!」
「美味いぞ〜」

 ははは……笑い声の上がる中、隼人はいそいそとからあげの前へ向かう。こんがりあがった片栗粉の衣のからあげは、しょう油と生姜と美味しい油の香りがする。
 こんなに見事なたべものが、山のようにつまれているのだ。幸せ以外の何ものでもない。隼人はにこにこと上がる頬をおさえられない。

「いただきまーす」 

 両手をあわせ、聖餐に向かう。ご飯も山盛り、装備は万端だ。

「美味しい!」
「そうでしょ、早く降りてきなさい」

 怒ったように言いながらにこにこ、母は唐揚げを追加した。ついでに小皿に、いくつか取り分ける。明日のお弁当の分だ。

「明日も食べられるんだ」

 隼人はがぜん、明日が楽しみになった。


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