第一章 ~再会~(49P)
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声と、閃光と、爆音。
何かが覆いかぶさると同時に、柚希が最初に認識できたものはどれだっただろうか。
「う……」
全身がきしむように痛むのを堪えながら、ゆっくりと体を起こす。濛々とした土煙が辺りを覆い、周りはほとんど見えなかった。
無意識に握りしめていたのか、手の中に扇子があるのを確認した柚希は、周辺の気配を探る。しかし、殺気は感じられない。
地面は先ほどまでのコンクリートとは違い、土のようだ。となると、出口の外へと吹き飛ばされたのかもしれない。
「まさかあそこで手榴弾を使うなんて。自分たちだって無事ではいられないでしょうに」
あちこちに打ち身の症状はあるが、幸いにも骨に異常はなさそうだ。軽く扇子を振ってみても支障はない事が分かり、ほっと溜息をついた。
「それにしても、所長は何処に……」
風が少しずつ土煙を吹き飛ばしていくのを待つ。
「さっきの叫び声は、所長よね。まさか……」
自分の想像に寒気を覚えながらも、柚希は冷静さを保ちながら視界が開けるのを待っていた。その想像が現実の物だと知る事になった時に、取り乱さないためにも。
やがて土煙が消え、瓦礫の山が姿を現す。と同時に目に飛び込んできたのは、鮮やかな赤い色。
「……所長……っ!」
つい先ほどまで自分が手を引っ張っていた存在は数メートル先に倒れ、身動き一つしない。体からはゆるゆると赤い液体が流れ出し、水たまりを大きく広げていく。
「所長、どうして……私なんかをかばって……」
柚希は玄黒に駆け寄ると、そっと体を抱き起こした。誰が見ても助からないと確信できてしまうほどに大きな傷は、柚希に絶望を与える。
「私が最後まで気を抜かなければ……!」
肩を震わせ涙を流しながら、
「ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」
と謝る柚希の声に意識が戻ったのか、小さく玄黒の口が動いた。
「わしの為に……泣いてくれるのか……」
薄っすらと開いた目が柚希を優しく見つめる。今際の際だというのにその表情はとても穏やかで、満ち足りているようにも見えた。
実際、玄黒は満足していたのだ。もうずっと以前から、こうして柚希をこの施設から逃がしてやりたいと思い続けていたのだから。
そう、玄黒はこの日が来ることをずっと待ちわびていたのだ――。
初めて出会った時の印象は、よく気の回る聡い娘。
未だ二十歳にも満たない若者が、天人の監視下にあるこんな施設にどうして来たのかは分からなかったが、仕事を与えていく内に、誰もが認めるほどにメキメキと頭角を現していくのが面白く、気にかけていた。
やがて柚希がここへやって来たのは、一人の男を助けるためだった事を知る。しかし男は殺されてしまい、それを知った柚希が春雨への復讐をすべく暴れ、捕らわれてしまったのだ。
このままでは柚希が殺されてしまうと思った玄黒は時を稼ごうと、当時未だ試作段階だった記憶操作のできるピアスを柚希に装着する提案をする。助手として側に置きながら自らが監視すると言えば、反対はされなかった。
元々春雨は、柚希を研究以外のことで利用するために飼い殺していた節はあった。その理由を玄黒が知ったのはつい最近であり、当時は何も知らされてはいなかったが、ピアスの件をきっかけに今まで以上に都合良く使われる姿を見て、不憫には思っていた。
何故なら装着以前の記憶は全て心の奥底に閉じ込められ、更には感情を取り除くようし向けられた柚希は、研究だけでなく暗殺までも命じられるようになってしまったから。
任務を終える度に不完全なピアスのせいで苦しむ柚希から、玄黒はあらゆる手を尽くして辛い記憶を消してやっていた。
それは決して誰かに頼まれたからでは無い。初めこそ自分の研究を進めるための存在だった柚希が、いつしか娘のように思えてしまっていたから。
だからこそ、この娘は絶対に幸せにしてやりたい。いつかきっと、どこかで待っているであろう柚希の大切な者たちの元へ帰してやりたい。それだけを願って、ずっと機会を伺ってきたのだ。
時間はかかってしまったが脱出経路も確保でき、警備が手薄になった今日、ようやくその願いが叶った。あとは自分よりもカラクリに精通している源外に会えればきっと、ピアスの外し方にも気付いてくれるだろう。
できる事なら最も危険かもしれない、抑え込まれていた記憶が一気に噴き出す瞬間に、柚希を想って寄り添ってくれる人間が側にいてくれれば良いのだが……。
「所長!」
過去の記憶と思いが玄黒の頭で走馬灯のようにめぐる中、ポロポロと涙を流す柚希に呼ばれ、現実に引き戻される。もう光を失いかけている玄黒の目は、柚希の姿をぼんやりとしか認識出来てはいない。それでも上司として……父として。
玄黒は最後の力を振り絞り、言った。
「早く逃げ……ろ……お前が生き延びて幸せにな……る事……がわしの一番の……願……い……」
全ての息を吐き切るかのように、静かに紡がれた言葉が柚希の耳へと届き、消え去る。
同時に体の力が抜け、完全に事切れた玄黒の体はズシリとした重みを感じさせた。
「所長……」
もう一度呼び、玄黒の顔を見つめた柚希は大きく息を吐き出す。
何故か感傷に浸る事を許されない緊迫した状況に、自分が慣れてしまっている気がして戸惑ってはいたが、気持ちを切り替えるように玄黒の体をそっと地面に降ろした柚希は、ゆっくりと立ち上がった。
「今までありがとうございました。貴方の事は忘れません。必ず……生き延びてみせます」
もう二度と会う事の無い玄黒に向けて、誓う。
扇子を握り、いつの間にか後ろに回り込んできていた天人たちをなぎ倒すと、間髪入れずに駆け出した柚希は玄黒の亡骸をそのままに、振り向くことなくその場を後にしたのだった。
何かが覆いかぶさると同時に、柚希が最初に認識できたものはどれだっただろうか。
「う……」
全身がきしむように痛むのを堪えながら、ゆっくりと体を起こす。濛々とした土煙が辺りを覆い、周りはほとんど見えなかった。
無意識に握りしめていたのか、手の中に扇子があるのを確認した柚希は、周辺の気配を探る。しかし、殺気は感じられない。
地面は先ほどまでのコンクリートとは違い、土のようだ。となると、出口の外へと吹き飛ばされたのかもしれない。
「まさかあそこで手榴弾を使うなんて。自分たちだって無事ではいられないでしょうに」
あちこちに打ち身の症状はあるが、幸いにも骨に異常はなさそうだ。軽く扇子を振ってみても支障はない事が分かり、ほっと溜息をついた。
「それにしても、所長は何処に……」
風が少しずつ土煙を吹き飛ばしていくのを待つ。
「さっきの叫び声は、所長よね。まさか……」
自分の想像に寒気を覚えながらも、柚希は冷静さを保ちながら視界が開けるのを待っていた。その想像が現実の物だと知る事になった時に、取り乱さないためにも。
やがて土煙が消え、瓦礫の山が姿を現す。と同時に目に飛び込んできたのは、鮮やかな赤い色。
「……所長……っ!」
つい先ほどまで自分が手を引っ張っていた存在は数メートル先に倒れ、身動き一つしない。体からはゆるゆると赤い液体が流れ出し、水たまりを大きく広げていく。
「所長、どうして……私なんかをかばって……」
柚希は玄黒に駆け寄ると、そっと体を抱き起こした。誰が見ても助からないと確信できてしまうほどに大きな傷は、柚希に絶望を与える。
「私が最後まで気を抜かなければ……!」
肩を震わせ涙を流しながら、
「ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」
と謝る柚希の声に意識が戻ったのか、小さく玄黒の口が動いた。
「わしの為に……泣いてくれるのか……」
薄っすらと開いた目が柚希を優しく見つめる。今際の際だというのにその表情はとても穏やかで、満ち足りているようにも見えた。
実際、玄黒は満足していたのだ。もうずっと以前から、こうして柚希をこの施設から逃がしてやりたいと思い続けていたのだから。
そう、玄黒はこの日が来ることをずっと待ちわびていたのだ――。
初めて出会った時の印象は、よく気の回る聡い娘。
未だ二十歳にも満たない若者が、天人の監視下にあるこんな施設にどうして来たのかは分からなかったが、仕事を与えていく内に、誰もが認めるほどにメキメキと頭角を現していくのが面白く、気にかけていた。
やがて柚希がここへやって来たのは、一人の男を助けるためだった事を知る。しかし男は殺されてしまい、それを知った柚希が春雨への復讐をすべく暴れ、捕らわれてしまったのだ。
このままでは柚希が殺されてしまうと思った玄黒は時を稼ごうと、当時未だ試作段階だった記憶操作のできるピアスを柚希に装着する提案をする。助手として側に置きながら自らが監視すると言えば、反対はされなかった。
元々春雨は、柚希を研究以外のことで利用するために飼い殺していた節はあった。その理由を玄黒が知ったのはつい最近であり、当時は何も知らされてはいなかったが、ピアスの件をきっかけに今まで以上に都合良く使われる姿を見て、不憫には思っていた。
何故なら装着以前の記憶は全て心の奥底に閉じ込められ、更には感情を取り除くようし向けられた柚希は、研究だけでなく暗殺までも命じられるようになってしまったから。
任務を終える度に不完全なピアスのせいで苦しむ柚希から、玄黒はあらゆる手を尽くして辛い記憶を消してやっていた。
それは決して誰かに頼まれたからでは無い。初めこそ自分の研究を進めるための存在だった柚希が、いつしか娘のように思えてしまっていたから。
だからこそ、この娘は絶対に幸せにしてやりたい。いつかきっと、どこかで待っているであろう柚希の大切な者たちの元へ帰してやりたい。それだけを願って、ずっと機会を伺ってきたのだ。
時間はかかってしまったが脱出経路も確保でき、警備が手薄になった今日、ようやくその願いが叶った。あとは自分よりもカラクリに精通している源外に会えればきっと、ピアスの外し方にも気付いてくれるだろう。
できる事なら最も危険かもしれない、抑え込まれていた記憶が一気に噴き出す瞬間に、柚希を想って寄り添ってくれる人間が側にいてくれれば良いのだが……。
「所長!」
過去の記憶と思いが玄黒の頭で走馬灯のようにめぐる中、ポロポロと涙を流す柚希に呼ばれ、現実に引き戻される。もう光を失いかけている玄黒の目は、柚希の姿をぼんやりとしか認識出来てはいない。それでも上司として……父として。
玄黒は最後の力を振り絞り、言った。
「早く逃げ……ろ……お前が生き延びて幸せにな……る事……がわしの一番の……願……い……」
全ての息を吐き切るかのように、静かに紡がれた言葉が柚希の耳へと届き、消え去る。
同時に体の力が抜け、完全に事切れた玄黒の体はズシリとした重みを感じさせた。
「所長……」
もう一度呼び、玄黒の顔を見つめた柚希は大きく息を吐き出す。
何故か感傷に浸る事を許されない緊迫した状況に、自分が慣れてしまっている気がして戸惑ってはいたが、気持ちを切り替えるように玄黒の体をそっと地面に降ろした柚希は、ゆっくりと立ち上がった。
「今までありがとうございました。貴方の事は忘れません。必ず……生き延びてみせます」
もう二度と会う事の無い玄黒に向けて、誓う。
扇子を握り、いつの間にか後ろに回り込んできていた天人たちをなぎ倒すと、間髪入れずに駆け出した柚希は玄黒の亡骸をそのままに、振り向くことなくその場を後にしたのだった。