第一章 ~再会~(49P)
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「……所長」
腕を後ろに捻り上げられるようにしながら目の前に連れて来られたのは、柚希の直属の上司である所長の杉田玄黒。ドン、と背中を押されてよろけた玄黒は、柚希を巻き込むように倒れ込んだ。
――詳細は後で。今はわしの言う通りに動け。
転びながら耳元でささやかれた言葉に、柚希が小さく頷いたのを確認した玄黒は、「イテテ」と腰をさすりつつ立ち上がると警備兵に言った。
「年寄りに乱暴してくれるなよ。この娘はわしの助手として必要不可欠じゃからな。わしが責任をもって働かせるわい。ほれ柚希、仕事に戻るぞ。黙ってさっさと持ち場に戻れ」
そう言ってポケットから小さなリモコンのようなものを取り出し、柚希に向けて押す動作を見せる。その意味に気付いた柚希がコクリと頷き、トイレを出てデスクのある部屋へと歩き出すと、警備兵たちも散開していった。
柚希が未だ廊下を歩いているにも関わらず、誰一人側についていないのは、何かしらの信頼がある証拠だろう。
自分の後ろに意識を向ければ、そこには玄黒の気配が感じ取れた。
「次の部屋に入れ」
たった一言聞こえてきた言葉に従い、ためらうことなく指示された部屋へと入る。普段から使い慣れている小さな実験室の中には、今は誰もいなかった。
追って滑り込んできた玄黒が内側から鍵を閉めれば、もう外からは誰も入ることはできない。柚希は机を挟んで玄黒の反対側に立つと言った。
「カメラは?」
「大丈夫じゃ。短時間じゃがこの部屋の監視カメラは使えなくなっとる」
「そうですか。では所長、説明を」
部屋に入って以降、ソワソワと落ち着きのない玄黒を見て、何か良からぬ事を考えている事は分かっている。おかしな状況の中、唯一所長と認識できたこの男を信用しても良いのかが分からない柚希は、緊張のまま玄黒の言葉に耳を傾けた。
「時間が無いから単刀直入に言おう。お前はすぐにここを脱出し、江戸のかぶき町に向かえ。そこで平賀源外という男を見つけるんじゃ」
「……は? ここを脱出、ですか? 理由をお聞かせください」
「話せば長くなるし、時間もない。じゃが今こうして自分の意思でわしと話せているという事は、計算通り。わしの研究も無駄ではなかったということじゃな」
「一体何を仰っているのですか?」
「とにかく何をおいても逃げるんじゃ。ほれ、これを持っていけ」
そう言った玄黒は、懐から何かを取り出すと、柚希に向けて投げた。
「これ……!」
とっさに受け取った物を見れば、それは柚希の大事にしていた扇子。デスクに入れておいたはずだったのだが、いつの間にか玄黒が持ち出していたようだ。
「使い方は忘れてないな? 身体能力も衰えてはいまい。今日は人があらかた出払っておるから警備も手薄じゃし、お前なら逃げきれるじゃろう」
玄黒は腕の時計を確認すると、扇子を指差した。
「それは源外に会えるまで決して手放すな。この施設のカードキーをクレカ代わりにしながら、扇子の手元んトコに付いている飾りを引き出して銀行のATMに繋げば、わしの隠し口座から金が引き出せるようになっている。当面はそれで凌げるはずじゃから自由に使うと良い。パスワードはお前も知っとるわしの認識番号じゃよ。まぁ口座が死んでいなければの話じゃがな」
そう言ってニヤリと笑った玄黒は部屋の隅へと向かうと、何故かドライバーで照明スイッチのカバーをこじ開ける。その中にドライバーを差し込み、カチリと音が聞こえた数秒後。
すぐ横の壁がゆっくりと動き出し、入り口を作った。
「隠し扉じゃ。ここを行けば外へと繋がっておる。このまま脱出するんじゃ」
「そう言われましても、何故逃げる必要があるんです? 私は……」
「お前はこの閉鎖空間で一生を終えたいのか? ここにいても、お前は奴らの目的の為に死ぬまで春雨に飼い殺されるだけじゃ。お前はまだ若いし、会いたい者もおるじゃろうて。外の世界で自由を掴み取り、幸せになるんじゃぞ」
立て続けに玄黒から言われる言葉は、状況を把握できていない柚希には理解しがたいものばかり。だがその全てが自分のための物であり、長い時間をかけながら命がけで準備されていたという事だけは分かった。
「もう一度言うぞ。かぶき町でカラクリを生業としている平賀源外の所に行けば、必ずお前を助けてくれる。その扇子を見せればきっとお前の事を分かってくれるからな。まァこの機会に、わしの集大成をあやつに見せてやるのも悪くない」
「それならば、所長も一緒に脱出しましょう。私には今何が起きているのかが分かりませんが、全てをご承知の貴方が一緒なら心強いです」
そう言った柚希の目が、チラリと入り口のドアに向けられる。この部屋のカメラが切られていることに気付かれたのだろう。警備兵の向かってくる足音が、床を通して伝わってきていた。
右手に扇子を構え、左手で所長の腕をつかんだ柚希は、未だ何かを言おうとしている玄黒の言葉を遮って隠し扉の中へと飛び込む。
「あの扉は閉められないのですか?」
玄黒を引っ張って走りながら、柚希は尋ねた。
「部屋の中にしかスイッチは無い。わしが戻って閉めるからお前は……」
「却下します。こんな訳の分からない状態で、一人で逃げる気は毛頭ありませんから。脱出を促した以上、責任をもって一緒に逃げてください。詳しい説明もお願いします。どちらにせよ、既に手遅れのようです。戻れば私を逃がした罪で、所長が処断されてしまいます」
振り向きもせず柚希が言った時にはもう、警備兵は外の扉を壊して隠し扉の中へと走り込んできていた。
こうなると、あとはただ逃げるしかない。足のもつれる玄黒を気にしながらも、手を離す事無く柚希は必死に走り続けた。道が曲がりくねっているため、幸いな事に相手もなかなか発砲出来ないらしい。この好機を逃すまいとひたすら走り続けていると、ようやく出口と思しき光が目に飛び込んで来た。
思わず緊張の糸が緩み、
「所長、あと少しで……」
外に出られる。そう言おうとして振り向いた柚希の目に飛び込んできたもの。それは――。
「危ない!」
腕を後ろに捻り上げられるようにしながら目の前に連れて来られたのは、柚希の直属の上司である所長の杉田玄黒。ドン、と背中を押されてよろけた玄黒は、柚希を巻き込むように倒れ込んだ。
――詳細は後で。今はわしの言う通りに動け。
転びながら耳元でささやかれた言葉に、柚希が小さく頷いたのを確認した玄黒は、「イテテ」と腰をさすりつつ立ち上がると警備兵に言った。
「年寄りに乱暴してくれるなよ。この娘はわしの助手として必要不可欠じゃからな。わしが責任をもって働かせるわい。ほれ柚希、仕事に戻るぞ。黙ってさっさと持ち場に戻れ」
そう言ってポケットから小さなリモコンのようなものを取り出し、柚希に向けて押す動作を見せる。その意味に気付いた柚希がコクリと頷き、トイレを出てデスクのある部屋へと歩き出すと、警備兵たちも散開していった。
柚希が未だ廊下を歩いているにも関わらず、誰一人側についていないのは、何かしらの信頼がある証拠だろう。
自分の後ろに意識を向ければ、そこには玄黒の気配が感じ取れた。
「次の部屋に入れ」
たった一言聞こえてきた言葉に従い、ためらうことなく指示された部屋へと入る。普段から使い慣れている小さな実験室の中には、今は誰もいなかった。
追って滑り込んできた玄黒が内側から鍵を閉めれば、もう外からは誰も入ることはできない。柚希は机を挟んで玄黒の反対側に立つと言った。
「カメラは?」
「大丈夫じゃ。短時間じゃがこの部屋の監視カメラは使えなくなっとる」
「そうですか。では所長、説明を」
部屋に入って以降、ソワソワと落ち着きのない玄黒を見て、何か良からぬ事を考えている事は分かっている。おかしな状況の中、唯一所長と認識できたこの男を信用しても良いのかが分からない柚希は、緊張のまま玄黒の言葉に耳を傾けた。
「時間が無いから単刀直入に言おう。お前はすぐにここを脱出し、江戸のかぶき町に向かえ。そこで平賀源外という男を見つけるんじゃ」
「……は? ここを脱出、ですか? 理由をお聞かせください」
「話せば長くなるし、時間もない。じゃが今こうして自分の意思でわしと話せているという事は、計算通り。わしの研究も無駄ではなかったということじゃな」
「一体何を仰っているのですか?」
「とにかく何をおいても逃げるんじゃ。ほれ、これを持っていけ」
そう言った玄黒は、懐から何かを取り出すと、柚希に向けて投げた。
「これ……!」
とっさに受け取った物を見れば、それは柚希の大事にしていた扇子。デスクに入れておいたはずだったのだが、いつの間にか玄黒が持ち出していたようだ。
「使い方は忘れてないな? 身体能力も衰えてはいまい。今日は人があらかた出払っておるから警備も手薄じゃし、お前なら逃げきれるじゃろう」
玄黒は腕の時計を確認すると、扇子を指差した。
「それは源外に会えるまで決して手放すな。この施設のカードキーをクレカ代わりにしながら、扇子の手元んトコに付いている飾りを引き出して銀行のATMに繋げば、わしの隠し口座から金が引き出せるようになっている。当面はそれで凌げるはずじゃから自由に使うと良い。パスワードはお前も知っとるわしの認識番号じゃよ。まぁ口座が死んでいなければの話じゃがな」
そう言ってニヤリと笑った玄黒は部屋の隅へと向かうと、何故かドライバーで照明スイッチのカバーをこじ開ける。その中にドライバーを差し込み、カチリと音が聞こえた数秒後。
すぐ横の壁がゆっくりと動き出し、入り口を作った。
「隠し扉じゃ。ここを行けば外へと繋がっておる。このまま脱出するんじゃ」
「そう言われましても、何故逃げる必要があるんです? 私は……」
「お前はこの閉鎖空間で一生を終えたいのか? ここにいても、お前は奴らの目的の為に死ぬまで春雨に飼い殺されるだけじゃ。お前はまだ若いし、会いたい者もおるじゃろうて。外の世界で自由を掴み取り、幸せになるんじゃぞ」
立て続けに玄黒から言われる言葉は、状況を把握できていない柚希には理解しがたいものばかり。だがその全てが自分のための物であり、長い時間をかけながら命がけで準備されていたという事だけは分かった。
「もう一度言うぞ。かぶき町でカラクリを生業としている平賀源外の所に行けば、必ずお前を助けてくれる。その扇子を見せればきっとお前の事を分かってくれるからな。まァこの機会に、わしの集大成をあやつに見せてやるのも悪くない」
「それならば、所長も一緒に脱出しましょう。私には今何が起きているのかが分かりませんが、全てをご承知の貴方が一緒なら心強いです」
そう言った柚希の目が、チラリと入り口のドアに向けられる。この部屋のカメラが切られていることに気付かれたのだろう。警備兵の向かってくる足音が、床を通して伝わってきていた。
右手に扇子を構え、左手で所長の腕をつかんだ柚希は、未だ何かを言おうとしている玄黒の言葉を遮って隠し扉の中へと飛び込む。
「あの扉は閉められないのですか?」
玄黒を引っ張って走りながら、柚希は尋ねた。
「部屋の中にしかスイッチは無い。わしが戻って閉めるからお前は……」
「却下します。こんな訳の分からない状態で、一人で逃げる気は毛頭ありませんから。脱出を促した以上、責任をもって一緒に逃げてください。詳しい説明もお願いします。どちらにせよ、既に手遅れのようです。戻れば私を逃がした罪で、所長が処断されてしまいます」
振り向きもせず柚希が言った時にはもう、警備兵は外の扉を壊して隠し扉の中へと走り込んできていた。
こうなると、あとはただ逃げるしかない。足のもつれる玄黒を気にしながらも、手を離す事無く柚希は必死に走り続けた。道が曲がりくねっているため、幸いな事に相手もなかなか発砲出来ないらしい。この好機を逃すまいとひたすら走り続けていると、ようやく出口と思しき光が目に飛び込んで来た。
思わず緊張の糸が緩み、
「所長、あと少しで……」
外に出られる。そう言おうとして振り向いた柚希の目に飛び込んできたもの。それは――。
「危ない!」