第一章 ~再会~(49P)
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その日もいつものように、施設のデスクで与えられた仕事をこなしていた柚希だったが、ある時を境に突然、自分の置かれている環境への疑問が生まれた。
――私……何でここで働いてるんだっけ?
もうずっと長いこと、この施設で様々な研究に携わってきた。それは間違いないはずだ。
だが何故ここはこんなにも静かで空気が冷たいのだろう。誰一人無駄口を叩かず、聞こえてくるのは無機質な機械や器具の音ばかり。人の声が聞こえたとすれば、それは申し送りや必要最低限の会話程度だ。
以前はもっと、和気あいあいと賑やかな場所にいたような気がするのだが……。
仕事の手を止めず、時折盗み見るように周りの者たちを見れば、皆表情の無い能面のような顔で各々の仕事に没頭している。
「ねぇ」
ふと思い立ち、隣に座っている男に声をかけた。
しかし男はチラリとこちらを見はしたものの、すぐに目の前のモニターへと視線を戻す。それはまるで、柚希の存在を認識していないような態度で。実際もう一度声をかけてみたが、今度は振り向きもせず、モニターを見つめ続けていた。
どうしたものかと今度は反対側の女に声をかけたのだが、やはり同じ反応が返ってくる。
――一体どうなってるの? ここにいる人たちって、皆こんな状態なのかしら?
明らかに異常な環境に、柚希の疑問が膨らんでいく。
思い切って立ち上がり周りを見渡すと、見えている全ての者が青白い能面のような顔で作業をしているのが分かった。その中の数名は、チラリと柚希を見てもまたすぐに視線を戻す。
あまりの薄気味悪さに、柚希は背筋が寒くなった。
――何これ私、お化け屋敷にでも就職してたっけ?
仕事の最中に一人立ち上がっていても、誰も気にする事は無い。各々が目の前の仕事を淡々とこなしていくだけの空間は、柚希にとっては恐ろしいものでしかなかった。
この状況に耐え切れず、柚希はそっとデスクを離れ、トイレへと向かう。とりあえずここなら一人になれるし、咎められることもないだろうと思って。
個室に入り鍵を閉めると、壁にもたれかかりながら柚希は大きなため息を吐いた。
「ほんとにどうなってるわけ? 私、毎日彼らを見てたはずだよね」
先ほど目にしたいくつもの顔を思い出す。血が通っているとは思えない冷たい顔と眼差しが、柚希の脳裏に焼き付いて離れない。
「仕事中とはいえ、仕事仲間が声をかければ少しくらいは……」
そう呟いて、ふと気付く。
「仕事仲間……だよね? なのに何で私、彼らの名前が誰一人分からないの?」
仕事仲間なら、声をかければ少しくらい愛想よくしたって良いじゃないか。そう思っていた自分が、隣の席の人間ですら誰なのかを分かっていない事実に衝撃を受けた。
「やだ、何これ。私ってば記憶喪失にでもなってるの? それとも仕事のし過ぎでボケちゃった? そんな事って……」
まさかそんなと思いながらも、全く同僚の名前が浮かんで来ない事が、柚希の心を動揺させる。無性に怖くなってしまった柚希は、ブルリと体を震わせた。
と、その時。
バタバタといくつもの足音が聞こえ、自分がいる個室の前へとやって来るのが分かった。思わず身構えると同時に、外からドンドンと激しくドアが叩かれる。
「吉田柚希、出て来い。今は勤務中だ」
声から察するに、警備兵の天人だろう。しかもガチャリと銃を構える音まで聞こえたという事は、逆らえば命はないと言う証。
柚希がゆっくりとドアを開けると、案の定数人の警備兵が銃を構えて立っていた。
「ここで何をしていた」
天人の一人が尋ねてくる。さすがの柚希もこの質問にはどう答えて良いかに迷ってしまった。
「何をしていたと言われても、ここはトイレなんだけど……レディにそんな事聞く?」
汚らわしいものを見るように天人を見れば、少し慌てる姿を見せる。だがすぐに頭を振ると、持っていた銃を柚希に突きつけてきた。
「用が済んだらさっさと持ち場に戻れ。勤務時間内の勝手な行動は許されていない」
「何それ。やる事はやってるはずよ。あんたにそんな事を言われる筋合いはないわ」
「口答えするか……やはり壊れているようだな。奴を連れて来い。調整させる」
「ちょっと、誰が壊れてるってのよ。奴って一体……」
警備兵の言葉にカチンときた柚希が突っかかろうとするのと同時に、一人の男が連れて来られる。それを見た柚希は口を噤むしかなかった。
――私……何でここで働いてるんだっけ?
もうずっと長いこと、この施設で様々な研究に携わってきた。それは間違いないはずだ。
だが何故ここはこんなにも静かで空気が冷たいのだろう。誰一人無駄口を叩かず、聞こえてくるのは無機質な機械や器具の音ばかり。人の声が聞こえたとすれば、それは申し送りや必要最低限の会話程度だ。
以前はもっと、和気あいあいと賑やかな場所にいたような気がするのだが……。
仕事の手を止めず、時折盗み見るように周りの者たちを見れば、皆表情の無い能面のような顔で各々の仕事に没頭している。
「ねぇ」
ふと思い立ち、隣に座っている男に声をかけた。
しかし男はチラリとこちらを見はしたものの、すぐに目の前のモニターへと視線を戻す。それはまるで、柚希の存在を認識していないような態度で。実際もう一度声をかけてみたが、今度は振り向きもせず、モニターを見つめ続けていた。
どうしたものかと今度は反対側の女に声をかけたのだが、やはり同じ反応が返ってくる。
――一体どうなってるの? ここにいる人たちって、皆こんな状態なのかしら?
明らかに異常な環境に、柚希の疑問が膨らんでいく。
思い切って立ち上がり周りを見渡すと、見えている全ての者が青白い能面のような顔で作業をしているのが分かった。その中の数名は、チラリと柚希を見てもまたすぐに視線を戻す。
あまりの薄気味悪さに、柚希は背筋が寒くなった。
――何これ私、お化け屋敷にでも就職してたっけ?
仕事の最中に一人立ち上がっていても、誰も気にする事は無い。各々が目の前の仕事を淡々とこなしていくだけの空間は、柚希にとっては恐ろしいものでしかなかった。
この状況に耐え切れず、柚希はそっとデスクを離れ、トイレへと向かう。とりあえずここなら一人になれるし、咎められることもないだろうと思って。
個室に入り鍵を閉めると、壁にもたれかかりながら柚希は大きなため息を吐いた。
「ほんとにどうなってるわけ? 私、毎日彼らを見てたはずだよね」
先ほど目にしたいくつもの顔を思い出す。血が通っているとは思えない冷たい顔と眼差しが、柚希の脳裏に焼き付いて離れない。
「仕事中とはいえ、仕事仲間が声をかければ少しくらいは……」
そう呟いて、ふと気付く。
「仕事仲間……だよね? なのに何で私、彼らの名前が誰一人分からないの?」
仕事仲間なら、声をかければ少しくらい愛想よくしたって良いじゃないか。そう思っていた自分が、隣の席の人間ですら誰なのかを分かっていない事実に衝撃を受けた。
「やだ、何これ。私ってば記憶喪失にでもなってるの? それとも仕事のし過ぎでボケちゃった? そんな事って……」
まさかそんなと思いながらも、全く同僚の名前が浮かんで来ない事が、柚希の心を動揺させる。無性に怖くなってしまった柚希は、ブルリと体を震わせた。
と、その時。
バタバタといくつもの足音が聞こえ、自分がいる個室の前へとやって来るのが分かった。思わず身構えると同時に、外からドンドンと激しくドアが叩かれる。
「吉田柚希、出て来い。今は勤務中だ」
声から察するに、警備兵の天人だろう。しかもガチャリと銃を構える音まで聞こえたという事は、逆らえば命はないと言う証。
柚希がゆっくりとドアを開けると、案の定数人の警備兵が銃を構えて立っていた。
「ここで何をしていた」
天人の一人が尋ねてくる。さすがの柚希もこの質問にはどう答えて良いかに迷ってしまった。
「何をしていたと言われても、ここはトイレなんだけど……レディにそんな事聞く?」
汚らわしいものを見るように天人を見れば、少し慌てる姿を見せる。だがすぐに頭を振ると、持っていた銃を柚希に突きつけてきた。
「用が済んだらさっさと持ち場に戻れ。勤務時間内の勝手な行動は許されていない」
「何それ。やる事はやってるはずよ。あんたにそんな事を言われる筋合いはないわ」
「口答えするか……やはり壊れているようだな。奴を連れて来い。調整させる」
「ちょっと、誰が壊れてるってのよ。奴って一体……」
警備兵の言葉にカチンときた柚希が突っかかろうとするのと同時に、一人の男が連れて来られる。それを見た柚希は口を噤むしかなかった。