第二章 ~松陽~(83P)
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男の声が聞き覚えのある物だった事に驚き、柚希の体から力が抜ける。男が腕を解放し、地に足が着いても柚希は抵抗する事ができなかった。
「あ……んた……は……」
「やっと思い出したか……案外鈍いな」
馬鹿にしたような物言いにムッとはしたものの、言い返す気力は無い。何故ならこの男の存在を認識してしまった瞬間、柚希の中にある忌まわしい記憶が呼び起こされ、心が縛り付けられてしまったから。
「……どうした? 震えているようだが」
目に見える程にガタガタと震え始めた柚希を男は見つめていたが、腰に手を回したまま、空いた方の手で柚希の顎を固定する。
震えながらも辛うじて睨みつける事だけはできた柚希に、男は言った。
「どんな窮地に立たされても諦めず、屈服する事も無い……お前も変わらんな」
天蓋の中でフッと笑みを漏らしたらしい男が、顎に当てていた親指でそっと柚希の唇をなぞる。ゾワリとした物が全身を駆け巡り、柚希の体はビクリと大きく揺れた。
「や……めて……」
このまま捕らわれるわけにはいかないと、弱々しくも男を押し返そうとする。もちろん男は手放す気など無いため、逃げ出す事は不可能だ。
「あれだけ奪って……未だ……足りないって言うの……!?」
絞り出された声は悲鳴に近い。
「これ以上何を望むわけ? もう十分じゃない!」
「全ては始まったばかりだ。撒かれた種が芽吹き成長し続けているのなら、根絶やしにするまで」
男が冷たく紡いだ言葉は、柚希を絶望の淵へと追いやる。
「まさか……」
「各々道を違えども、その根底にあるものが同じというのは厄介な事だ」
そう言いながら男は、自らの被っている天蓋に手をかけた。ゆっくりと持ち上げられ、その下から素顔が晒されようとした時――。
「おい!」
目にも止まらぬ速さで飛んできた刀が、柚希と男の眼前を切り裂く。
男が咄嗟に飛び離れた事で自由の身になった柚希は、敢えて屋根を転がり落ちた。
「うぉっと!」
落下地点に滑り込み、柚希を抱き留めたのは土方。どうやら先ほどの刀も、この男が投げ放った物のようだ。
「万事屋に隠れて逢引きか? お前もなかなかのタマだな」
「そんなわけ無いって分かってるから助けてくれたんですよね? ありがとう」
「見回りで偶然通りかかっただけだ。……それよかアイツは何者だ? かなりデキルだろ」
柚希を降ろし、屋根を見上げる。天蓋を被り直した男は土方を見つめていたが、やがて屋根から飛び降りると、先ほど放り投げた錫杖を拾い上げた。そのまま二人に背を向け、何も言わずに立ち去っていく。
「お……」
未だ先ほどの話は終わっていない。
思わず引き留めようとした柚希だったが、男との実力差と土方の存在が、名を呼ぶことをためらわせる。結局考え直す時間もなく、男の姿は消えてしまった。
「あ……んた……は……」
「やっと思い出したか……案外鈍いな」
馬鹿にしたような物言いにムッとはしたものの、言い返す気力は無い。何故ならこの男の存在を認識してしまった瞬間、柚希の中にある忌まわしい記憶が呼び起こされ、心が縛り付けられてしまったから。
「……どうした? 震えているようだが」
目に見える程にガタガタと震え始めた柚希を男は見つめていたが、腰に手を回したまま、空いた方の手で柚希の顎を固定する。
震えながらも辛うじて睨みつける事だけはできた柚希に、男は言った。
「どんな窮地に立たされても諦めず、屈服する事も無い……お前も変わらんな」
天蓋の中でフッと笑みを漏らしたらしい男が、顎に当てていた親指でそっと柚希の唇をなぞる。ゾワリとした物が全身を駆け巡り、柚希の体はビクリと大きく揺れた。
「や……めて……」
このまま捕らわれるわけにはいかないと、弱々しくも男を押し返そうとする。もちろん男は手放す気など無いため、逃げ出す事は不可能だ。
「あれだけ奪って……未だ……足りないって言うの……!?」
絞り出された声は悲鳴に近い。
「これ以上何を望むわけ? もう十分じゃない!」
「全ては始まったばかりだ。撒かれた種が芽吹き成長し続けているのなら、根絶やしにするまで」
男が冷たく紡いだ言葉は、柚希を絶望の淵へと追いやる。
「まさか……」
「各々道を違えども、その根底にあるものが同じというのは厄介な事だ」
そう言いながら男は、自らの被っている天蓋に手をかけた。ゆっくりと持ち上げられ、その下から素顔が晒されようとした時――。
「おい!」
目にも止まらぬ速さで飛んできた刀が、柚希と男の眼前を切り裂く。
男が咄嗟に飛び離れた事で自由の身になった柚希は、敢えて屋根を転がり落ちた。
「うぉっと!」
落下地点に滑り込み、柚希を抱き留めたのは土方。どうやら先ほどの刀も、この男が投げ放った物のようだ。
「万事屋に隠れて逢引きか? お前もなかなかのタマだな」
「そんなわけ無いって分かってるから助けてくれたんですよね? ありがとう」
「見回りで偶然通りかかっただけだ。……それよかアイツは何者だ? かなりデキルだろ」
柚希を降ろし、屋根を見上げる。天蓋を被り直した男は土方を見つめていたが、やがて屋根から飛び降りると、先ほど放り投げた錫杖を拾い上げた。そのまま二人に背を向け、何も言わずに立ち去っていく。
「お……」
未だ先ほどの話は終わっていない。
思わず引き留めようとした柚希だったが、男との実力差と土方の存在が、名を呼ぶことをためらわせる。結局考え直す時間もなく、男の姿は消えてしまった。