第二章 ~松陽~(83P)
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男が突然走り出したのと同時に、柚希の扇子から玉が放たれる。男が高く飛んで避けるのを読んでいた柚希はすぐに手首を返し、玉の軌道を変えた。迫りくる玉を錫杖ではじき返した男は、屋根に着地する。目標を失った玉を手元に引き戻した柚希は間髪入れず、再び男に向かって扇子を振り上げた。
――速い。
小手先の技では通用しないだろうと、出来る限り計算した動きで対応しているにも拘わらず、思い通りの効果が得られない。どんな攻撃を仕掛けてみても相手は余裕を見せており、かすり傷すら与えられない状況に、柚希も焦り始めた。
「ねぇ、一体何が目的なの?」
のらりくらりとかわすばかりか、手加減までしている相手の考えが分からない。柚希は器用に玉を使い、追いかけるように屋根へと上がると、男を見据えた。
「あんた程の腕なら、一瞬で私の事なんて殺せるわよね。それをしないって事は、何か理由があるんじゃないの? それとも私を馬鹿にしてるのかしら」
扇子を構えながら、もう片方の手をうなじに回す。髪の中から抜き出したのは、先日銀時たちの前で見せたものと同じ、一本のピンだった。
――どこまで動けるかは分からないけど……あの速さに対抗するにはこれしかない、か。
中に入っているのは、柚希の調合した一時的に筋力を上げる薬。本意では無かったが、春雨の研究施設で働いていた事により、ただやみくもに医学を学ぶよりもはるかに知識を得られていた。
男の動きを警戒しながらピンの小さなふたを開ける。そして中の粉を口にしようとした時――。
「やめておけ」
「……っ!」
声が聞こえた時にはもう、柚希の手からピンは弾き飛ばされていた。それどころか自ら錫杖を捨てた男に正面から両腕をしっかりと掴まれてしまい、扇子をも落としてしまった為に反撃する事も出来ない。
「放してよ! 放せってば!」
抗ってみても、男の力をねじ伏せる事が出来ない事は分かっている。ならばどうすれば良いか。冷静にならねばと自分に言い聞かせながら、柚希は天蓋で顔の見えない男を睨みつけた。
「私をどうする気?」
「……どうして欲しい」
「は?」
返された疑問は予想もしていなかった物で、間の抜けた声をあげてしまう。
どこまでこの男は自分をコケにするつもりなのか。心底腹立たしくなった柚希は、手が使えないなら蹴り上げてやろうと片足を引いた。
ところが男は瞬時に柚希の両手を自らの片手で縫い留め、更には軽々と持ち上げてしまう。
「く……っ」
足が浮いてしまっている以上、あとは振り子の要領で反動を付けるしかないと体を揺すろうとした柚希だったが、男の方が上手だった。
「無駄な事をするな。……柚希」
振り幅を無くすためにもう片方の手で腰を抱き寄せ、固定した男が柚希の名を呼ぶ。その時になってようやく気付いた。
「この声、まさか……」
――速い。
小手先の技では通用しないだろうと、出来る限り計算した動きで対応しているにも拘わらず、思い通りの効果が得られない。どんな攻撃を仕掛けてみても相手は余裕を見せており、かすり傷すら与えられない状況に、柚希も焦り始めた。
「ねぇ、一体何が目的なの?」
のらりくらりとかわすばかりか、手加減までしている相手の考えが分からない。柚希は器用に玉を使い、追いかけるように屋根へと上がると、男を見据えた。
「あんた程の腕なら、一瞬で私の事なんて殺せるわよね。それをしないって事は、何か理由があるんじゃないの? それとも私を馬鹿にしてるのかしら」
扇子を構えながら、もう片方の手をうなじに回す。髪の中から抜き出したのは、先日銀時たちの前で見せたものと同じ、一本のピンだった。
――どこまで動けるかは分からないけど……あの速さに対抗するにはこれしかない、か。
中に入っているのは、柚希の調合した一時的に筋力を上げる薬。本意では無かったが、春雨の研究施設で働いていた事により、ただやみくもに医学を学ぶよりもはるかに知識を得られていた。
男の動きを警戒しながらピンの小さなふたを開ける。そして中の粉を口にしようとした時――。
「やめておけ」
「……っ!」
声が聞こえた時にはもう、柚希の手からピンは弾き飛ばされていた。それどころか自ら錫杖を捨てた男に正面から両腕をしっかりと掴まれてしまい、扇子をも落としてしまった為に反撃する事も出来ない。
「放してよ! 放せってば!」
抗ってみても、男の力をねじ伏せる事が出来ない事は分かっている。ならばどうすれば良いか。冷静にならねばと自分に言い聞かせながら、柚希は天蓋で顔の見えない男を睨みつけた。
「私をどうする気?」
「……どうして欲しい」
「は?」
返された疑問は予想もしていなかった物で、間の抜けた声をあげてしまう。
どこまでこの男は自分をコケにするつもりなのか。心底腹立たしくなった柚希は、手が使えないなら蹴り上げてやろうと片足を引いた。
ところが男は瞬時に柚希の両手を自らの片手で縫い留め、更には軽々と持ち上げてしまう。
「く……っ」
足が浮いてしまっている以上、あとは振り子の要領で反動を付けるしかないと体を揺すろうとした柚希だったが、男の方が上手だった。
「無駄な事をするな。……柚希」
振り幅を無くすためにもう片方の手で腰を抱き寄せ、固定した男が柚希の名を呼ぶ。その時になってようやく気付いた。
「この声、まさか……」