第四章 〜絆〜(連載中)
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すぐに攻撃に転じられるよう瞬時に玉を収納し、懐にある別の扇子と持ち替える。座ったままで傷付いた足を庇いながら、音のした方を振り向き構えた柚希の前に現れたのは、白い制服らしき衣装をまとった黒髪の女だった。
──この子、どこかで……?
柚希よりも年若いその女は、腰に帯刀している。しかも相当の実力の持ち主だ。まともにやりあえばただでは済まないだろう。これまでの戦いの経験から、柚希はそれを肌で感じとっていた。
しかし柚希の中に恐怖は存在していない。何故なら今柚希が強く感じていたのは、不思議な懐かしさだったから。
構えていた扇子を下げ、確かめようと口を開く。だが先に声を発したのは女の方だった。
「随分と懐かしい顔ね」
「……やっぱり……」
感情の見えない表情と、声と、その物言いが柚希の記憶を蘇らせる。
「骸……むーちゃん!」
確信が柚希を興奮させ、思わず叫んだ。
ところがそんな柚希とは対照的に、むーちゃんと呼ばれた骸が至って冷静に言う。
「やけに烏が騒がしいと思っていたけれど、貴女まで駆り出されてたんだ」
座り込んだままの柚希の正面に立ち、辺りを見回す骸。不穏な気配が無いことを確認すると、今度はしゃがみこんで柚希の足の傷口を見つめた。
「それとも、戦力にならないと捨て置かれたのかしら」
「戦力も何も、私はもうアイツらとは縁を切ってるから」
「……朧が貴女を手放すなんてありえないと思ってたけど」
意外そうに言った骸は、傷口から柚希の顔へと視線を戻す。そして耳のピアスが無くなっていることに気づくと、ここでようやく柚希の言葉に納得したのか小さく頷いた。
「じゃあ今はどこで何をしているの?」
「幼馴染と再会してかぶき町に住みながら、普段は近所の病院で医師として働かせてもらっているわ」
「その幼馴染って、白夜叉のこと?」
「ええ、そうよ」
「じゃあその足は先の戦いで? その割には傷が新しいわよね。そもそも不知火に姫夜叉がいただなんて情報は無かったはずだけど」
「先の戦い? 不知火って何のこと?」
再会の喜びも束の間、緊張した空気が流れる。戦いという物騒な言葉が柚希の心に不安をもたらし、身を乗り出させた。
必死の形相で詰め寄ってくる柚希を、骸は無言で見つめる。そのまま数秒何かを考えていたが、ゆっくりと一つまばたきをして言った。
「今の貴女がどういう立場で、何をどこまで知っているのかは分からない。だから私が知っている事実だけを簡単に言うわ。少し前に白夜叉とその仲間、そして真選組の者たちが、茂々暗殺を阻止するため動いていたの。死闘の末に何とかその場は凌げたけれど、結局茂々は殺されてしまった」
「茂々って……徳川茂々公? 将軍様が暗殺されたの!?」
「茂々はとっくに失脚してる。今の将軍は喜々よ」
「嘘っ! テレビも新聞も、そんな話題は見かけなかったのに」
「……改めて訊くわ。今まで何処にいたの?」
柚希の驚きは本物だと確信し、再び訊ねた骸の瞳は鋭い。そこにどんな意味があるかを見出せぬ柚希は、ただ素直に答えた。
「さっきも言ったように、少し前からかぶき町の万事屋で暮らしているけれど、この二週間ほどは、昔親父様と暮らしていた松下村塾跡に里帰りしてたわ」
「きっかけは?」
「白夜叉──銀時たちに勧められたからよ」
「里帰りしていた人間が、どうして今こんな場所に座り込んでいるの?」
「それは朧が……」
柚希が朧の名を口にした瞬間、骸の眉がピクリと揺れる。大きな表情の変化は無いものの、呆れとも苛立ちとも取れる瞳で見つめられ、柚希は続く言葉を飲み込んだ。
すると骸が「やっぱりね」と言いながら、懐に手を入れる。
取り出したのは、大きめの絆創膏。剥離紙を剥がし、縫い目が露わになったままの柚希の傷口を覆うと、今度は尻ポケットから携帯を取り出した。
「簡単に手放すはずもない、か」
呟きに合わせて数字を押す。一分と経たずして聞こえてきたけたたましいサイレンは、二人の目と鼻の先で止まった。『見廻組』と書かれたパトカーの運転席から降りてきたのは、骸と同じ白い制服を着た男だ。
「お待たせ致しました、今井殿」
「状況は?」
「今の所目立った動きはありません」
「そう。それじゃこの人を万事屋に送り届けたら、一旦屯所に戻るわ」
「承知しました」
「そういうことだから、立って、柚希」
「え? あの、ちょっとむーちゃん……!」
腕を掴まれ強引に立たされた柚希の戸惑いを無視して、骸は柚希を車へと押し込む。そして柚希の荷物を拾うと、自らも隣に乗り込んだ。
先程のけたたましさが嘘のように、静かに走り出すパトカー。公園を出てしまえば、万事屋までそう遠くはない。乗ってしまった以上素直に送ってもらうしかないと、柚希はシートに深く座り直した。そして隣で再び携帯を操作し始めた骸に声をかける。
「むーちゃんは今見廻組にいたんだね。ひょっとして……」
運転している男を気にして、最後に「潜入?」と口パクで訊ねるも、骸に動揺は無い。携帯の画面から目を離すことなく指を動かしながら、柚希の問いにはっきりと答えた。
「アナタがあのピアスを付けられて少し経った頃に、アイツらとは決別したわ。私を拾った男が、私を今井信女と名付けたから」
言いながらも表情は変わらない。しかしその声からは、今井信女という名がいかに大切かが伝わってきた。
骸に名を与えた男とは一体どんな人物なのか。詳しく話を訊いてみたい衝動に駆られはしたが、柚希は敢えてそれ以上深く詮索しなかった。
「……そっか、素敵な名前をもらったのね。じゃあ私もこれからはむーちゃんじゃなくて、信女ちゃんって呼ばなきゃ」
「好きにすれば良いわ」
「ん、そうする」
柚希がニコリと笑って頷けば、骸──信女が携帯から顔を上げる。やはり表情に変化は無いが、満更でもないようだった。
──この子、どこかで……?
柚希よりも年若いその女は、腰に帯刀している。しかも相当の実力の持ち主だ。まともにやりあえばただでは済まないだろう。これまでの戦いの経験から、柚希はそれを肌で感じとっていた。
しかし柚希の中に恐怖は存在していない。何故なら今柚希が強く感じていたのは、不思議な懐かしさだったから。
構えていた扇子を下げ、確かめようと口を開く。だが先に声を発したのは女の方だった。
「随分と懐かしい顔ね」
「……やっぱり……」
感情の見えない表情と、声と、その物言いが柚希の記憶を蘇らせる。
「骸……むーちゃん!」
確信が柚希を興奮させ、思わず叫んだ。
ところがそんな柚希とは対照的に、むーちゃんと呼ばれた骸が至って冷静に言う。
「やけに烏が騒がしいと思っていたけれど、貴女まで駆り出されてたんだ」
座り込んだままの柚希の正面に立ち、辺りを見回す骸。不穏な気配が無いことを確認すると、今度はしゃがみこんで柚希の足の傷口を見つめた。
「それとも、戦力にならないと捨て置かれたのかしら」
「戦力も何も、私はもうアイツらとは縁を切ってるから」
「……朧が貴女を手放すなんてありえないと思ってたけど」
意外そうに言った骸は、傷口から柚希の顔へと視線を戻す。そして耳のピアスが無くなっていることに気づくと、ここでようやく柚希の言葉に納得したのか小さく頷いた。
「じゃあ今はどこで何をしているの?」
「幼馴染と再会してかぶき町に住みながら、普段は近所の病院で医師として働かせてもらっているわ」
「その幼馴染って、白夜叉のこと?」
「ええ、そうよ」
「じゃあその足は先の戦いで? その割には傷が新しいわよね。そもそも不知火に姫夜叉がいただなんて情報は無かったはずだけど」
「先の戦い? 不知火って何のこと?」
再会の喜びも束の間、緊張した空気が流れる。戦いという物騒な言葉が柚希の心に不安をもたらし、身を乗り出させた。
必死の形相で詰め寄ってくる柚希を、骸は無言で見つめる。そのまま数秒何かを考えていたが、ゆっくりと一つまばたきをして言った。
「今の貴女がどういう立場で、何をどこまで知っているのかは分からない。だから私が知っている事実だけを簡単に言うわ。少し前に白夜叉とその仲間、そして真選組の者たちが、茂々暗殺を阻止するため動いていたの。死闘の末に何とかその場は凌げたけれど、結局茂々は殺されてしまった」
「茂々って……徳川茂々公? 将軍様が暗殺されたの!?」
「茂々はとっくに失脚してる。今の将軍は喜々よ」
「嘘っ! テレビも新聞も、そんな話題は見かけなかったのに」
「……改めて訊くわ。今まで何処にいたの?」
柚希の驚きは本物だと確信し、再び訊ねた骸の瞳は鋭い。そこにどんな意味があるかを見出せぬ柚希は、ただ素直に答えた。
「さっきも言ったように、少し前からかぶき町の万事屋で暮らしているけれど、この二週間ほどは、昔親父様と暮らしていた松下村塾跡に里帰りしてたわ」
「きっかけは?」
「白夜叉──銀時たちに勧められたからよ」
「里帰りしていた人間が、どうして今こんな場所に座り込んでいるの?」
「それは朧が……」
柚希が朧の名を口にした瞬間、骸の眉がピクリと揺れる。大きな表情の変化は無いものの、呆れとも苛立ちとも取れる瞳で見つめられ、柚希は続く言葉を飲み込んだ。
すると骸が「やっぱりね」と言いながら、懐に手を入れる。
取り出したのは、大きめの絆創膏。剥離紙を剥がし、縫い目が露わになったままの柚希の傷口を覆うと、今度は尻ポケットから携帯を取り出した。
「簡単に手放すはずもない、か」
呟きに合わせて数字を押す。一分と経たずして聞こえてきたけたたましいサイレンは、二人の目と鼻の先で止まった。『見廻組』と書かれたパトカーの運転席から降りてきたのは、骸と同じ白い制服を着た男だ。
「お待たせ致しました、今井殿」
「状況は?」
「今の所目立った動きはありません」
「そう。それじゃこの人を万事屋に送り届けたら、一旦屯所に戻るわ」
「承知しました」
「そういうことだから、立って、柚希」
「え? あの、ちょっとむーちゃん……!」
腕を掴まれ強引に立たされた柚希の戸惑いを無視して、骸は柚希を車へと押し込む。そして柚希の荷物を拾うと、自らも隣に乗り込んだ。
先程のけたたましさが嘘のように、静かに走り出すパトカー。公園を出てしまえば、万事屋までそう遠くはない。乗ってしまった以上素直に送ってもらうしかないと、柚希はシートに深く座り直した。そして隣で再び携帯を操作し始めた骸に声をかける。
「むーちゃんは今見廻組にいたんだね。ひょっとして……」
運転している男を気にして、最後に「潜入?」と口パクで訊ねるも、骸に動揺は無い。携帯の画面から目を離すことなく指を動かしながら、柚希の問いにはっきりと答えた。
「アナタがあのピアスを付けられて少し経った頃に、アイツらとは決別したわ。私を拾った男が、私を今井信女と名付けたから」
言いながらも表情は変わらない。しかしその声からは、今井信女という名がいかに大切かが伝わってきた。
骸に名を与えた男とは一体どんな人物なのか。詳しく話を訊いてみたい衝動に駆られはしたが、柚希は敢えてそれ以上深く詮索しなかった。
「……そっか、素敵な名前をもらったのね。じゃあ私もこれからはむーちゃんじゃなくて、信女ちゃんって呼ばなきゃ」
「好きにすれば良いわ」
「ん、そうする」
柚希がニコリと笑って頷けば、骸──信女が携帯から顔を上げる。やはり表情に変化は無いが、満更でもないようだった。