第四章 〜絆〜(連載中)
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今になってそんな悲しい記憶が蘇ったのは、まさに柚希自身が同じ状況に陥っているから。キレイに縫い合わされてはいたが、楽観できるような傷で無いことは明らかだ。
あの緒方の腕をもってしても、完治を望める外科治療は不可能。それはつまり、他に手立ては無いということ。
「何とか……しなきゃ……」
医者としての知識をどれだけ掘り起こしても、策を見出すに至らない現状に呆然とする。柚希はもう完全に詰んでいた──はずだった。
人智を超えた存在を知らなかったなら。
「アレを使えば……」
包帯から手を離した柚希が懐から取り出したのは、扇子。それも虚とやりあったときに使った、畑中も疑問を覚えていた特殊な物だ。
玉の一つを引き出し、手のひらに乗せる。扇子の要を斜めにずらすように押せば、小さな針が玉から突き出た。
実はこの針、いわゆる注射針であり、玉の中に込められた液体を対象物に注入できるよう作られた精巧な代物だ。もちろんこれを形にすることは容易ではなかっただろう。畑中という存在があって初めて実現できる、奇跡のからくりである。
では何故柚希はこのような物を畑中に依頼したのか。それは以前耳にした松陽の呟きが、ずっと心に引っかかっていたから。
松陽と廊で迎えた最後の夜、柚希が眠っていると、隣に寝ていた松陽が囁くように言ったのだ。
「もしまた終われないのであれば、私の血を次の私に注ぎ込んででも、この思いを受け継いで欲しい。そんな風に思ってしまうのは、あなた達という未練があるからですかね──」
松陽に背を向けて寝ていた柚希は丁度眠りの浅いタイミングであり、ぼんやりと浮上しかけた意識の中で松陽の言葉を聞き取っていた。
とは言え何が言いたかったのかは全く理解できず。朝になり、詳しい話を訊いても良いものかと悩んでいた矢先。朧によって松陽は連れ去られ、還らぬ人となってしまった。そして松陽の死をきっかけに様々な理由から、その言葉は柚希の記憶の奥深くに沈められることとなる。
しかし柚希を縛り付けていたピアスが外れたことがきっかけで戻った記憶の中には、あの松陽の言葉が紛れ込んでいた。
それに紐付く形で思い出したのが、春雨にいた頃に周囲の異常な熱意を感じていたとある液体の研究と『松陽復活』の噂だ。
その液体は、生物に投与することで非現実的な再生回復力を与えることから、不老不死の薬を作り出せるのではという期待が持たれていた。
チームが違ったこともあり、柚希が研究に携わることは無かったが、それでも噂だけは耳に入ってくる。出処不明の液体が人間の血液にほど近い成分だと知った時から、胸騒ぎを覚えてはいた。
松陽復活については松陽の死後、たった一度偶然耳にしただけの眉唾物の話。しかし松下村塾跡で朧を見かけたと小夜から聞かされた時、単なる墓参りだとはどうしても考えられず、むしろごく自然にあの松陽の言葉が思い出された。
ただの思い違いならそれで良い。でももし本当に松陽が復活していたら──しかもそれが松陽本人ではなく、『次の私』という存在だったなら?
一度生まれてしまった想像を打ち消すことなど、今の柚希にはできない。だからこそ、懐かしい語らいのひと時を楽しんだあの日、小夜と別れたその足で万屋を訪れた柚希は、無理を承知でこの扇子を作って欲しいと畑中に依頼したのだ。
出来上がるまでの間、自らは形見の写真に染み込んでいた血液を液体化させる。それを松陽を護れなかった負い目と共に玉に込め、いつ何時でも使えるよう懐に収めていた。
早々に対峙した虚の傷はすぐに消されてしまったが、それでも松陽の血液を吸収してはいるだろう。あの時の虚には何の変化も見られなかった。実のところは全く意味のない行為だったのかもしれない。それでも松陽の願いを些少なりとも叶えられたのではなかろうか。
都合のいい解釈だということは分かっている。それでも全てを前向きに受け止めていかなければ、今からやろうとしていることを思い切れなくなりそうだから。
「玉の中に親父様の血が残っていれば……それが駄目でも、針の先端に付着しているであろう虚の血を使えば、この程度の傷なら治るかもしれない」
手の中の玉から突き出た針を、そっと自らの傷口に近づける。生唾をごくりを飲み込み、縫われた糸の隙間に狙いを定めた。そして針が傷口に触れようとした時──
「……っ!?」
カサリ、と草を踏みしめる音が聞こえ、柚希は反射的に身を引いた。
あの緒方の腕をもってしても、完治を望める外科治療は不可能。それはつまり、他に手立ては無いということ。
「何とか……しなきゃ……」
医者としての知識をどれだけ掘り起こしても、策を見出すに至らない現状に呆然とする。柚希はもう完全に詰んでいた──はずだった。
人智を超えた存在を知らなかったなら。
「アレを使えば……」
包帯から手を離した柚希が懐から取り出したのは、扇子。それも虚とやりあったときに使った、畑中も疑問を覚えていた特殊な物だ。
玉の一つを引き出し、手のひらに乗せる。扇子の要を斜めにずらすように押せば、小さな針が玉から突き出た。
実はこの針、いわゆる注射針であり、玉の中に込められた液体を対象物に注入できるよう作られた精巧な代物だ。もちろんこれを形にすることは容易ではなかっただろう。畑中という存在があって初めて実現できる、奇跡のからくりである。
では何故柚希はこのような物を畑中に依頼したのか。それは以前耳にした松陽の呟きが、ずっと心に引っかかっていたから。
松陽と廊で迎えた最後の夜、柚希が眠っていると、隣に寝ていた松陽が囁くように言ったのだ。
「もしまた終われないのであれば、私の血を次の私に注ぎ込んででも、この思いを受け継いで欲しい。そんな風に思ってしまうのは、あなた達という未練があるからですかね──」
松陽に背を向けて寝ていた柚希は丁度眠りの浅いタイミングであり、ぼんやりと浮上しかけた意識の中で松陽の言葉を聞き取っていた。
とは言え何が言いたかったのかは全く理解できず。朝になり、詳しい話を訊いても良いものかと悩んでいた矢先。朧によって松陽は連れ去られ、還らぬ人となってしまった。そして松陽の死をきっかけに様々な理由から、その言葉は柚希の記憶の奥深くに沈められることとなる。
しかし柚希を縛り付けていたピアスが外れたことがきっかけで戻った記憶の中には、あの松陽の言葉が紛れ込んでいた。
それに紐付く形で思い出したのが、春雨にいた頃に周囲の異常な熱意を感じていたとある液体の研究と『松陽復活』の噂だ。
その液体は、生物に投与することで非現実的な再生回復力を与えることから、不老不死の薬を作り出せるのではという期待が持たれていた。
チームが違ったこともあり、柚希が研究に携わることは無かったが、それでも噂だけは耳に入ってくる。出処不明の液体が人間の血液にほど近い成分だと知った時から、胸騒ぎを覚えてはいた。
松陽復活については松陽の死後、たった一度偶然耳にしただけの眉唾物の話。しかし松下村塾跡で朧を見かけたと小夜から聞かされた時、単なる墓参りだとはどうしても考えられず、むしろごく自然にあの松陽の言葉が思い出された。
ただの思い違いならそれで良い。でももし本当に松陽が復活していたら──しかもそれが松陽本人ではなく、『次の私』という存在だったなら?
一度生まれてしまった想像を打ち消すことなど、今の柚希にはできない。だからこそ、懐かしい語らいのひと時を楽しんだあの日、小夜と別れたその足で万屋を訪れた柚希は、無理を承知でこの扇子を作って欲しいと畑中に依頼したのだ。
出来上がるまでの間、自らは形見の写真に染み込んでいた血液を液体化させる。それを松陽を護れなかった負い目と共に玉に込め、いつ何時でも使えるよう懐に収めていた。
早々に対峙した虚の傷はすぐに消されてしまったが、それでも松陽の血液を吸収してはいるだろう。あの時の虚には何の変化も見られなかった。実のところは全く意味のない行為だったのかもしれない。それでも松陽の願いを些少なりとも叶えられたのではなかろうか。
都合のいい解釈だということは分かっている。それでも全てを前向きに受け止めていかなければ、今からやろうとしていることを思い切れなくなりそうだから。
「玉の中に親父様の血が残っていれば……それが駄目でも、針の先端に付着しているであろう虚の血を使えば、この程度の傷なら治るかもしれない」
手の中の玉から突き出た針を、そっと自らの傷口に近づける。生唾をごくりを飲み込み、縫われた糸の隙間に狙いを定めた。そして針が傷口に触れようとした時──
「……っ!?」
カサリ、と草を踏みしめる音が聞こえ、柚希は反射的に身を引いた。